2012年3月3日土曜日

画家が創った老人ホームと美術館——吉井淳二美術館

今日は桃の節句ということで、「おひな様と懐かしい着物展~子供の着物について~」という企画展をやっていた吉井淳二美術館に家族で出かけた。

吉井淳二美術館は、加世田市街近郊の山中、緑に囲まれた小さな美術館である。この美術館、全国的にも珍しい沿革を持っているのでちょっと紹介したい。

発端は、昭和63(1988)年、洋画家の吉井淳二氏が、社会福祉法人「野の花会」を設立し、特別養護老人ホーム「加世田アルテンハイム」をオープンさせたことに遡る。この加世田アルテンハイムは、「福祉に文化を」を理念に創られた「絵と彫刻のある憩いの園」であり、芸術文化に囲まれた介護老人福祉施設である。

老人ホームというと、いかにも収容所然とした、陰鬱な施設が多いのであるが、加世田アルテンハイムは開放的な雰囲気があり、広い敷地内には芸術作品が所々に配されるとともに、よく管理された庭木や花がたくさん植えられている(入ったことはないのだが、外から見るとこんな感じ)。こんなところなら、いずれ入ってもいいかも、と思う。

また、全国的にも少ない「日中おむつゼロ」を近年達成するなど、介護面でも先進的な取組をしておられ、2002年には、第1回「癒しと安らぎの環境賞」最優秀賞受賞など、多数の表彰も受けている。

吉井淳二氏は、高校時代は羽仁もと子自由学園創設者)の教育を受け、晩年に至るまでその教えを実践していたようだ。想像するに、加世田アルテンハイムは、自由学園と同様の理念で運営される老人ホーム、ということだったのかもしれない。

さて、加世田アルテンハイムでは、日常的に芸術に触れる工夫が施されているのであるが、その1つとして、吉井氏自身の作品を中心に展示するギャラリーが設けられていた。その来場者が多かったことから、平成4(1992)年、ギャラリーを増築し独立させたのが「財団法人吉井淳二美術館」である。

法人として独立はしたものの、吉井淳二美術館では、福祉施設の一貫としての美術館という立場から、今でも年に一度は福祉関係の企画展(例えば、児童養護施設の子供たちの作品展など)を行っている。

なお、吉井氏の画風は、人物画を中心に素朴で落ち着きのあるもので、良くも悪くも「公共施設のロビーを飾るにふさわしい」感じだ。よい絵であると思うが、刺激的なものや高遠なものを求める人には物足りないところもあるかもしれない。といっても、吉井氏は文化勲章受章者であり、文化功労者、日本芸術院会員、二科会名誉理事など華々しい肩書きをお持ちの方だったので、美術品としての市場評価は高いに違いない。

また、美術館を含めて加世田アルテンハイムの一連の建物は、英国で活躍する建築家・彫刻家の川上喜三郎氏の設計による(丸ビルのロビーにある作品の方)。開放的で、清潔感があり、古びても陰鬱にならない英国風デザイン。正直なところ、展示されている作品よりも、その建物と雰囲気の方が私は気に入ったのであった。

それにしても、画家が老人ホームを設立する、ということが極めて異例なことのように思われる。吉井氏の外に、そのような人がおられるだろうか…? たぶん、そんな人は日本で一人だと思うが、どうだろうか。

【情報】
第108回企画展「おひな様と懐かしい子供のきもの展」は2012年3月1日〜4月3日まで開催。入館無料。なお、吉井淳二美術館は、元旦以外休館日がないという、ほぼ年中無休の美術館である。

【蛇足】
社会福祉法人「野の花会」の命名について、公式サイトでは
この地で荒野にゆれる小さい野の花に心ひかれ「野の花会」と名づけ…
と説明されているが、自由学園の教えを終生実践した吉井氏のことを考えると、羽仁もと子の自宅「野の花庵」にかこつけているような気がしてならない。自由学園では聖書の教えに基づき、野の花のように生きる、というようなことを教えており、羽仁自身の作詞による「野の花の姿」という歌が公式行事で歌われたりする。実際の由来はどこにあるのだろう。

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