2020年8月9日日曜日

インフラックス社が実現可能性の低い巨大風力発電事業を計画する理由

先日、「吹上浜沖に世界最大の洋上風力発電所を建設する事業が密かに進行中(今なら意見が言える)」という記事を書いた。

その後、いろいろ知恵を下さる方がいて、私もこの事業についての理解が深まり、この密かに進んでいるかに見える巨大事業計画の本当の意味がわかってきた。

まず、この途方もない巨大事業に不安になっている地元の人たちを少し安心させることを書くと、この事業は9割方ポシャるし、仮に実現した場合でも、事業計画通りの規模で建設されることはまずない

なぜ9割方ポシャるのか、というと、この事業は国が定める洋上風力発電の建設プロセスに全く則っていないからである。

再エネ海域利用法

洋上風力発電は、いうまでもなく海上に建設される。しかし海は、誰のものでもない。海洋の土地は私有できないことになっており、市町村の境も明確ではなく、基本的には国の管轄ということになっている。警察権も、県警の担当ではなく、鹿児島県の場合は「第十管区海上保安本部」(海上保安庁)が受け持つ。

そういう、誰のものでもない海に、風車を建てるわけだから、これは公共的なものに限られる。「私は吹上浜に風力発電の風車を作りたい」と考えても、県に書類一枚出して許可される…というような単純な話でない。

元々、日本では発電のための海上利用の権利・方法が明確に規定されておらず、そのせいで洋上風力発電の普及が進まなかった。ヨーロッパでは洋上風力の利用はかなり進んでいて、再エネの主軸の一つとなっているのに、日本では後れを取っていたのである。

そこで昨年(2019年)4月に出来たのが、「再エネ海域利用法」だ。

これによって、日本でも法の規定に則って洋上風力発電を建設することができるようになった。そのプロセスは大雑把には次の通りである。


まず、経産大臣および国交大臣が、「促進区域」を指定する。要するに、「この海域は洋上風力発電に適している」という地域が国によって指定される。もちろん一方的に指定されるのではなく、漁業権や航路・港湾の利用に差し障りがない地域が検討されるし、県知事や市町村長を交えた協議会が設立されて話し合って決める。

次に、「促進区域」における洋上風力発電事業の事業者が公募される。つまり、洋上風力発電事業は国が主体となって行う半公共事業(国がお金を出すわけではないから公共事業そのものではない)である。事業者は、具体的な建設・売電計画(公募占用計画)を立案し公募に応じる。また、売電価格についても、屋根についている太陽光パネルとは違って最初から決まっているのではなく、事業者が「この価格で売電できます」という価格を提示し、それが評価される。もちろん売電価格は安い方がよい。

そして公募に応じた事業者の中で最も優れた計画のものが選ばれ、経産大臣によって売電のFIT(固定価格買取)が認定される。こうしたプロセスを経て、ようやく洋上に風車を建てることができるのである。

※正確には、この方法の他に、港湾法に基づいて港湾管理者が風力発電事業者を公募するやり方があるが長くなるので割愛する。

それなのに、吹上浜沖の巨大風力発電計画は、こうしたプロセスを全く無視しているのである!

まず、吹上浜沖は「促進区域」にすら指定されていない。現在「促進区域」になっているのは長崎県の五島沖のみで、他に「促進地域」の指定に向けて検討されているのが10区域ほどである。だから、いくら吹上浜沖に風力発電所を作ろうとしても、「促進区域」にもなっていないわけで、当然国による公募もなく、事業の実現は不可能である。

「でも、実際、環境影響評価の「配慮書」への意見照会があったじゃないですか! 事業は進んでいるんですよ!」と思う人もいるかもしれない。でも、環境影響評価(環境アセス)というのは、「仮にこういう事業を行うとしたら、どのような影響があるか?」を事前評価するものであって、事業の許可関係・実現性とは全く関係がない。完全に仮定の事業でも環境アセスのプロセスは行える。例えば、私が「吹上浜にディズニーランドを作ります!」という内容で環境アセスをやることも可能だ(実際にディズニーランドが誘致できるかどうかとは関係なく、という意味)。

だから、環境影響評価の「配慮書」があったことで、あたかも事業が動き出したかのような錯覚(私も最初そう思った)を与えたが、実はまだ事業は完全に「仮定」の段階である。

私は何人かとこの事業を話したが「もう決まっちゃったんでしょ? 反対しても無駄かもね?」というような人も少数ながらいた。しかし以上の話で明確になった通り、この事業は、まだまだそんな確定的なものではないどころか、今の段階では実現不可能なものだと断言したい。

仮定の巨大事業計画をぶち上げる理由

では、事業者はどうして、そんな実現不可能なものを、さも計画が決定しているものかのようにぶち上げたのだろうか? どうしてそんな無駄なことをするのだろうか?

私もそこのところがよくわからなかったのである。法の規定を考えると、こんな計画は立てるだけお金の無駄だ。環境アセスの「配慮書」を作製するだけで、1千万円くらいかかるだろうが、どうして実現不可能な事業の環境アセスに金をかけるのか?

そんな折、某風力発電会社の方と知人を通じて知り合うことができたので、その疑問をぶつけてみた。

するとその方は、「多分、事業を売却することを念頭に置いて、この地域にツバをつけているんだと思います」と回答してくれた。

「なるほど!」と思った。

私自身、この計画を初めて見た時に感じたのは、「計画地域が考え得る最大の広さで、風車の大きさも最大、本数もめいっぱいすぎる。あり得る最大の計画を提示していて、”切りしろ”が大きすぎる!」ということだった。

私は、「きっと、地元のご意見を受けて規模を半分に縮小しました。だからこの計画で納得して下さい」というように、規模の縮小を交渉のカードに使うために、最大の計画をぶち上げているのだと思っていた。

しかし「売却を念頭に置く」ということだと、この大きすぎる計画の意味合いがもっと明確になってくる。ちょっとややこしい話になるが順を追って説明したい。

さて、前の記事にも書いたように、この事業を計画しているのは「吹上浜沖洋上風力発電合同会社」、実態は「INFLUX(インフラックス)」という会社である。

【参考】吹上浜沖洋上風力発電合同会社
http://influx-fukiagehamaoki.com/index.html

【参考】INFLUX INC
http://influx-inc.com/wind/
 
このインフラックスという会社は、日本各地で洋上風力発電事業計画を立ち上げていて、WEBサイトをみる限り、吹上浜沖の他に、唐津、平戸沖、鰺ヶ沢(青森県)、石狩・厚田(北海道)の計画があるようだ。特に石狩・厚田の計画は、吹上浜沖をさらに上回る規模の計画である。

そして驚くべきことに、これらの地域は全て、「促進区域」にすら指定されていないのである。実現可能性を無視して巨大計画を次々と立案するインフラックスという会社は、一体何を考えているのだろうか?

実は、これらは実現可能性が低いからこそ、巨大な計画が立案されていると考えられる。というのは、今後「促進区域」はどんどん指定されていくわけだから、これらの地域が指定されるという可能性もあるわけだ。その時に、どんな範囲で指定されるか分からないから、事業計画では考え得る最大の区域を想定して環境アセスを進めていると思われるのである。こうしておけば、どのように「促進区域」が指定されたとしても、それが事業計画区域内に収まるであろう。めいっぱい大きな投網を投げておけば、魚はどこかに入る、というわけだ。

また、日本各地で巨大計画を立ち上げているのも、計画に必要な書類は似たようなものだから、下手な鉄砲数打ちゃ当たる方式でやっていると考えられる。どこが「促進区域」に指定されるかわからないからこそ、いろんなところで立案しているのだろう。宝くじと一緒で、たくさん買えば、当たる確率も大きくなるのである。

そして日本各地で計画を立ち上げているもう一つの理由は、反対運動が弱いところを見極めているという側面もあるかもしれない。住民の反対運動は、どこの地域でも同様に起こるわけではない。特に、反対運動のリーダーがどんな人かによってかなり変わってくる。たくさん立ち上げた計画の中で、特に反対運動が弱いようなところは、今は「促進区域」になっていなくても将来有望である。国交省や経産省も、住民の反対運動が弱い地域を「促進地域」に指定したいに違いないからである。

そして、瓢箪から駒で、インフラックス社が事業計画を立ち上げている海域の一つが「促進区域」に指定されたとしよう。その後はどういうことが起こるのだろうか?

インフラックス社は、他の事業者に比べて有利な立場で公募に臨むことができる。環境アセスのプロセスのいくらかを既にクリアしているからである。環境アセスは、結構時間がかかる。各段階で縦覧をする必要があるし、なにより調査自体に時間がかかる。そういうのを、抜け駆けしてやっているからかなり時間が短縮できる。

しかも洋上発電は、投資マネーの奪い合いみたいな状況になってきている。洋上発電は、太陽光パネルに比べ、一般論として事業規模がかなり大きい。1000億円単位の事業だって珍しくない。そういう規模のお金を集めるには、速さも大事である。なぜなら、一度どこかに投資されたお金は、それよりよい条件のところにしか動かないからである。後発者は、「よりよい条件」を準備しないといけないから先発者の方が有利だ。

だから、インフラックス社が抜け駆けして各地で環境アセスを進めていることは意味がある。もしそのうち一つの地域でも運良く「促進地域」に指定されれば、他の地域の計画がポシャったとしてお釣りが来るのかもしれない。まさに「時は金なり」である。

そしてインフラックス社としては、その有利な立場(事業計画)自体を、国が公募する洋上発電事業へ応募しようとしている会社に売ることも出来る。実現可能性がなかった、仮定の事業の環境アセスが、時間短縮ツールとして有用なものとなるのである。ありえないほどの巨大計画で環境アセスを進めているのは、事業売却を考えた時に、売却先の会社による事業計画がどのような規模でもそれを包含するように、ということなのであろう。言うまでもなく、環境アセスの手続きとしては、計画を縮小するのは全くたやすいのである。巨大計画の環境アセスは、小さな計画の環境アセスにも使えるわけだ。

なお、環境アセスは、「配慮書」から次の「方法書」の段階の間は、継承できるという規定になっているが、それ以後のことは法には規定がないので不明である。だが、少なくとも「配慮書」提出後の段階で、事業継承(売却)することは可能だし、なんなら「吹上浜沖洋上風力発電合同会社」のような、会社ごと売却すればいかようにもできる。そのためにわざわざ子会社を作って事業を計画しているのかもしれない。

ちなみに、事業を売却することのメリットは、すぐに儲けを手にすることができる、ということである。おそらくは、事業を売却せずに自ら発電事業を手がけた方が、利益は大きいと期待できる。しかしそのためには、20〜30年間事業を運営し続けなくてはならない。もしかすると、台風で風車が壊れるなどして、結局赤字ということだってありえる。だから、事業売却によってその時にキャッシュが手に入るということに意味がある。

これまで、「インフラックス社は、事業売却を念頭に置いて、日本各地で巨大計画を立案している」という想定の下で書いてきた。でも、もちろん、邪推と言われれば邪推である。インフラックス社に問い合わせたら「そんなことはありません。計画通り実施することを考えております」と回答するであろう。

しかし、 間違いなく言えることは、インフラックス社は「再エネ海域利用法」に定められたプロセスを無視して事業を立案し、地元はそのせいで混乱しているということである。

これは、洋上風力発電の健全な発展を阻害することであり、その意味では、国交省や経産省といった洋上風力発電の推進行政に対する挑戦と言える。

いいかげんな再エネ事業者は、再エネ推進に有害

そもそも、九州では太陽光発電がかなり普及したこともあって、電源が不安定な状況にある。太陽光発電は天気次第でかなり発電量が上下するからだ。脱原発を考えても、安定的な再エネ電源の需要は大きく、発電量が安定しているという洋上風力は有望である。今回の吹上浜の風力発電計画のように、海岸から5kmというような近さだととても「洋上」とは言えないが、もっとずっと沖合の人の活動が少ないところで、しかも風の安定している場所ならば、洋上風力発電は悪くないと思う。

ところが、インフラックス社のような会社が、沿岸の人々に甚大な影響を与える巨大洋上風力発電事業を、何の説明もなく、法も無視し、あたかもカネのためだけのように見える形で立案するとなると、洋上風力発電自体が、なんだか怪しいものだと思えてくるのである。

いや、既に、「洋上風力発電は15兆円産業になる」とか言われ、バスに乗り遅れるな式でたくさんの有象無象な計画が立案され、バブル的な様相を呈しているのを見ると、「洋上風力発電も結局はマネーゲームの一つなのか」と思わざるを得ない。

しかし、地域に入って地道に合意形成に取り組んでいこうとする真面目な再エネ会社もあるし、再エネの普及を進めて、脱原発やゼロカーボンに向かって進んでいきたいという人々の声もあるのである。インフラックス社のようなやり方が横行することで、一番割を食うのは、そういう真面目な人々なのである

私はこの記事の冒頭に「この事業は9割方ポシャるし、仮に実現した場合でも、事業計画通りの規模で建設されることはまずない」と書いた。でもそれは、だからといってこの事業計画を無視しておればよい、ということではないのである。

逆だ。インフラックス社のやり方は、再エネの推進を希望する人々こそ反対しなくてはならないと私は思う。彼らが進めてきた再エネ推進の気運は、洋上風力が胡散臭くみえることによって、しぼんでしまうかもしれないからだ。

それに、こういう仮定の計画を平然とぶち上げて、住民の間に混乱をもたらすことを屁とも思っていない会社には、断固として反対の意志を表示しなくてはならない。しかも日本全国でこのような混乱が生まれていることを考えると、単に吹上浜の計画がポシャるだけでは十分ではなく、この会社は社会的制裁を受けるべきだと思う。

「法を無視して巨大計画を立ち上げ、住民に不安を与え、健全な洋上風力発電の発展を阻害した」ということで、県知事(か経産大臣)から「遺憾の意」を表明するくらいのことがあってもいいのではないだろうか。ぜひそういう形での制裁をやっていただきたい。

また、吹上浜沖(沿岸の近く)が、万が一にも「促進区域」に指定されないよう、沿岸の自治体では共同して「景観保全条例」などを作ったらよい。「吹上浜の景観は我々にとって大事なものだから、このまま未来に引き継いでいきましょうね」というような内容だ。自治体の権限は法的には遠い沿岸には及ばないかもしれないが、住民の意思が条例というはっきりとした形で表明されていれば、仮に国がここを「促進区域」に指定しようとしても撥ね付けることが出来るだろう。

ともかく、吹上浜沖の巨大風力発電事業の計画は、私が最初に思っていたよりも、もっといいかげんで、斟酌の余地のない、ひどいものだ。そしてそのような計画が日本中で立案されていることに悄然たる思いがする。

私は、再エネの推進に賛成である。だからこそ、適正なプロセスによって住民との合意形成を行い、環境と調和した形で再エネを導入していくことが必要だと思っている。そういう気が全くないような事業者は、正直、再エネに関わってほしくないのである。

再エネは、みんなを黙らせる「錦の御旗」ではないのだ。