2012年2月21日火曜日

「伝統工芸最後の職人」の気持ち~蒲生町めぐり(その8)

和紙一年分の梶を乾燥させている様子
蒲生和紙の最後の職人である、小倉正裕氏の工房を訪ねた。

蒲生では、島津久光の殖産政策により貧窮衆中らに和紙づくりが導入され、かつてその和紙は「蒲生和紙」という特産品だった。

薩摩藩では、武士の割合が他藩に比べて非常に高かったために、無禄の武士が多かった。特に郷士(城下ではなく地方に在住した下級武士)ではそうである。無禄ということは、今で言えば「給料がない」ということだから、生活の糧をなんとかして得なくてはならない。

そのため、郷士は農業をしたり、特産品を生産したりといろいろな職業を副業としたわけだが、ここ蒲生では、豊かな水と自然を生かして和紙製作が武士の副業となったわけである。

なお、蒲生和紙の特徴は、原料である。和紙の原料は、一般的には楮(コウゾ)や三椏(ミツマタ)であるが、蒲生和紙は梶(カジ)によって作られるのである。このあたりでは、梶がよく取れるらしい。

さて、小倉氏の工房を訪れたのは、「伝統工芸の最後の職人」というのはどんな気持ちで作っているのだろう、という興味からだった。

小倉氏は、10年ほど前に最後の蒲生和紙職人だった野村正二氏よりその技を引き継ぎ、ここ蒲生町で和紙製作を始めた。詳細は伺わなかったが、小倉氏は野村氏の親戚筋にあたるそうだ。

その際、やはり「自分がやらなければ蒲生和紙の伝統が途切れてしまう」という使命感のようなものがあったという。事実、小倉氏が引き継がなければ、「蒲生和紙」は歴史の中だけの存在となっていただろう。

今では、小倉氏の下に弟子入りを希望する方も多くいるらしい。しかし、全て断っているそうだ。理由は、半端な気持ちでやって欲しくないということ。もし本当に蒲生和紙の職人になるのであれば、弟子入りではなく、自分のように一から工房を開くほどの覚悟が欲しいのだという。また、チームで生産するに足る売り上げがあるか、という現実的な問題もある。

そして小倉氏は、はにかむように「私の人間性もあるんですけどね」と付け加えた。多くは語らなかったが、最後の伝統工芸の職人を受け継ぐ、というほどだから、かなり変わった人ではあるのだと思う。奇特な人がいなければ、維持できないのが今の多くの伝統工芸の実情なのではないだろうか。

小倉氏に、和紙作りで大変なことは何か、と尋ねてみた。それは、「様々な工程を一人でこなさなければならないこと」だという。蒲生和紙は10段階ほどの工程により生産されるが、かつてはそれぞれの工程に職人がいて、分業体制が出来ていた。また、分業を前提とした生産方法であるために、例えば「○○して直ちに××する」というようなことが、一人では難しいことも多い。

最後の職人であるために、小倉氏はかつては分業されていた様々な工程を一人でこなさざるを得ないのである。今、各地で「伝統工芸○○の最後の職人」となってしまった人がいるのだと思うが、同じような苦労を皆しているのかもしれない。

私の居住する南さつま市にも、「薩摩型和舟」の吉行 昭(よけ あきら)氏や「加世田鍛冶」の阿久根 丈夫氏といった、80代となった伝統工芸最後の職人がいらっしゃるのである。この2つは、あと10年もすれば歴史の中だけの存在になってしまう可能性が大きいが、地元の人間としては、なんとか残って欲しいと思う。

しかし、小倉氏は言う。「でも、なくなったらなくなったで、もうしょうがないと思ってます」。伝統工芸を残さなければ、という使命感とこの言葉は、一見矛盾する。しかし、生命維持装置で延命された「伝統工芸」に意味はないということなのかもしれない。社会の中で生かされてこそ、職人の技は生きるのである。技は、過去を思い出してもらうために、存在しているのではない。

蒲生和紙は、現代的なアレンジがほどこされ、物産館でもおしゃれに売られており、現代の社会で生かされているように見える。小倉氏は、「なくなってしまったらしょうがない」というが、私は、そういう工夫を各地の人々がするならば、長く受け継がれてきた技の価値は、今の社会でも大きいのだと信じている。

【補足】
小倉氏を「蒲生和紙の最後の職人」と書いたが、蒲生には、もう一人和紙を作っている方がいる。1994年に蒲生に移り住み和紙ギャラリーをオープンさせた北海道出身の野田和信氏である。野田氏はデザイン和紙(タペストリーなど)や版画を作っており、梶を原料とした和紙製作を行っているらしいが、伝統的な蒲生和紙の製法で製作されているが未確認で、また野田氏は職人というよりはアーティストということのようなので、一応、小倉氏を「最後の職人」とさせていただいた。野田氏が蒲生和紙職人を自称されているとしたら、上記の記事は「最後の2人」に訂正させていただくとともに、野田氏にお詫びしたい。

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