2013年1月23日水曜日

謎だらけの行事:鬼火焚き

1月20日、雨で延期になっていた「鬼火焚き」が行われた。

鬼火焚きは、全国的には「どんど焼き」などと呼ばれている小正月の行事の、九州西南部を中心にした呼び名。呼び方はともかく、日本全国の田舎の風物詩であろう。

この地域では80年前くらいまで鬼火焚きをしていたのだが、延焼してどこかの家が火事になったとかで長く中止されていたらしい。それを十数年前に復活させたものが現在の鬼火焚きで、特段伝統行事的な儀式もないし、由緒あるものではなさそうだが、豪壮に火が燃えるイベントというのは、ただそれだけで面白い。

そもそも鬼火焚き(あるいはどんど焼き)というものは、その由来があれこれと言われてはいるものの、基本的には起源も、日本全国に広まった理由も謎である。全国各地の土着の信仰と習合したために、その意味合いも各地で異なっていて、そこに一貫性のある信仰を見いだすのも難しい。鹿児島の鬼火焚きの場合は、歳神と共に来た悪鬼を祓うという意味があるというが、そんな意識は全くないような気がする。

一方で、 なぜかどんど焼きは一般に子どもの行事とされていて、全国的に子どもが主役である場合が多い。といっても、櫓(やぐら)を組んだり準備をしたりするのは当然に大人の仕事なのだが…。伝統の習俗というのは、内容的なところは移ろいやすいが、形式的なところは変わらないことが多いので、「子どもの行事」というのがその謎を解く鍵のような気もする。

ところで、同じ鬼火焚きでもその内容は地域によって様々である。南さつま市金峰町の白川という集落では、大きな櫓を作り、子どもたちがその中で一夜を明かしてから火をつけるらしい。こんな寒い時になぜ野営しなくてはならないのか、その理論的説明を是非聞いてみたいものだ。もちろん、実際にその鬼火焚きも見てみたい。

ちなみに、南薩の鬼火焚きは元は地味な行事だったのが、北薩からの影響で櫓が巨大化していった可能性があるそうだ。うちの集落の鬼火焚きも、復活の立役者は北薩の出身者である。鹿児島の中でもいろいろ変遷がある。古い記録を調べると面白いかもしれない。

ついでに書くと、私が竹林整備をして除伐した竹が、この鬼火焚きでほぼ全部燃やせたのは本当に有り難かった。正直、処分に困っていたので。

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