2012年6月19日火曜日

長い長いイネ科の話

イネ科(多分)の雑草
イネ科が面白い。

水稲の栽培でもそれは感じるが、何気ない雑草を見ていても、その形態・生態は大変興味深い。また、少し調べてみると、イネ科は植物全体の中でも特異な地位を占めていることがわかってきた。

というわけで、少々マニアックではあるが、イネ科について書いてみたい。

さて、まずイネ科といえば、米、小麦、トウモロコシという世界三大穀物すべてがこれに属し、人類にとって最も重要な植物群と言える。三大穀物のみならず、大麦、燕麦、ライ麦、サトウキビ、アワ、キビ、ヒエなど、イネ科の栽培種は枚挙にいとまがない。

自然界においても、イネ科はおよそ1万種が属す巨大なグループをなしており、これを越えるのはキク科(2万3000種)、ラン科(2万2000種)、マメ科(1万9000種)しかない。すなわち、イネ科は人類にとって重要であるのみならず、地球上で最も繁栄している植物群の一つであるといえる。

では、イネ科繁栄の基礎となっている際だった特徴は何だろうか? 1万種全てに該当する特徴ではないかもしれないが、私なりにまとめると次のようになる。
  1. 生長点が地表付近に存在する。
  2. 風媒花である(風で花粉を運ぶ)。
  3. ケイ素を積極的に利用している。
  4. 種子にデンプンを蓄えている。
こうして列挙するだけでは、どこがどう興味深いのかよくわからないと思うので、長くなるがイネ科の歴史を繙きながら解説していきたい。

(1)逆転の発想で草原を制す

イネ科はツユクサ類から進化して誕生したが、それは約1億年前の恐竜の時代、ジュラ紀から白亜紀にかけてと言われる。その頃の植物の中心はなんといっても樹木で、当時まだ草はほとんどなかった。草が巨大に進化することで樹木が生まれたと考えがちだが、実際はまず樹木の進化が先である。その理由は、植物の生存競争は光の奪い合いであることから、上へ上へと伸びる進化が優先的に進んだためだ。

しかし、森林の成立には「温暖な気候」と「適度な降雨」を必要とする。白亜紀になると、地殻変動でゴンドワナ大陸が四分五裂し極域に近い地域も出現、また乾燥化が進むなど森林が育たない場所が増えてくる。そして、そこに進出したのが、イネ科を含む草本被子植物だった。

森林が成立しない「乾燥した地域」や「過湿の地域」、そして「湿潤だが冷涼な地域」は水や酸素や気温が不足した過酷な環境で、光合成が十分に出来ないことから植物体に大量の有機物=木質を抱え込まなければ生殖できないのは効率が悪い。そこで、いわば有機物の自転車操業として、1年単位で生殖を繰り返す一年草が繁栄することになったのである。こうして地球に草原・湿原が生まれた

草原や湿原を形作ったのはイネ科植物だけではないが、特に草原に生きる植物として、イネ科は優れた形質を持っていた。それは生長点が地表付近に存在する、という形質である。

植物は、新たな構造体(葉や茎)を「生長点」という限られた部分でしか作れない。そしてこれは通常茎の頂点に存在している。なぜなら、植物の生存競争は光の奪い合いであるのだから、上へ上へと構造体を作っていく方が有利だからだ。

しかし草の場合、木と違って地上部分が全て草食動物に食べられてしまう場合がある。その際、生長点が植物体の頂点にあるとこれが食べられてしまうために、再生長することができない。だが、生長点が地表付近にあれば、地上の葉や茎が全部食べられても、葉や茎を新たに生長させることができるのである。生長点は植物体の頂点にある方が有利と思われるのに、イネ科は敢えてこれを地際に持ってくるという逆転の発想によって草原で繁栄したのである。

これは、人間にとってはイネ科雑草のやっかいな点である。草刈り機でいくら刈っても、生長点が地表ぎりぎりに存在していてこれを除去できず、何度でも繁茂する。このため、地際まで刈り込む草払いを繰り返していると、他種の雑草が淘汰されイネ科雑草ばかりになってしまう。

ちなみに、湿原に生きる植物としてもイネ科には優れた特徴がある。それは、普通の植物では根も直接呼吸することが必要なのに、イネ科では根が必要とする酸素を葉や茎から輸送できることである。このため、イネ科は沼や湿地という土中酸素のほとんどない過酷な環境でもよく生長することができる。

さて、生長点が地表付近にあるデメリットとしては、植物体の上部構造を複雑化することができないということになる。構造を複雑化することはできないので、より多くの太陽光を受けるためには単純に葉や茎を伸ばすしかないが、植物体をひょろ長くすると風に弱くなってしまい、風を遮るものがない平原ではこれは都合が悪い。

そこで、イネ科では自己のクローンを隣接して作ることによってより多くの太陽光を受ける戦略を採った。これが分蘖(ぶんげつ)である。稲の場合、苗の時点では一株に2〜3本しか植えないが、収穫時にはこれが20本くらいに増加する。上に伸びるのは効率が悪いので、横に増えるというわけだ。

なお、イネ科植物では多くが生長点は地表付近ばかりでなく節状に分布しており、上部構造を複雑化させることも理論的には可能だが、分糵は非常に効率的に植物体を増やすことができることから、イネ科植物の生長の中心は分孼である(と思う)。結果的に、イネ科植物の多くは地表から葉や茎が放射状に伸びるという単純なフォルムとなっており、非常に地味な形をしている。

(2)古風かつシンプルな方法——風媒で世界中に広まる

さて、イネ科は形も地味だが、花も地味である。カラフルで複雑な形の花は恐竜時代に生まれたもので、虫に花粉を運んでもらう(虫媒)ための植物の革新的進化の賜物であるが、イネ科の花は虫ではなく風に花粉を運んでもらうために小さく単純なのだ。

虫媒は、効率的な受粉を可能にするが、昆虫との共生関係が存在しなくてはならないという強い制約条件がある。例えば、生育範囲を広げようにも、花粉を運ぶ昆虫が存在しない範囲には広がることができないし、仮にその昆虫が天敵の増加などによって激減してしまうと植物の方も共倒れになる。さらに、昆虫と植物の相互依存関係は非常に複雑であるため、やたらに生活環が複雑化する。

これは、昆虫との共生関係を極限にまで進化させ、イネ科以上に多種多様な種を生み出したラン科植物の栽培・生殖が非常に困難であり、特殊な環境を必要とすることでも分かるだろう。

逆に、花粉を風で飛ばす(風媒)ということは効率は悪いが、風さえあればどんな環境でも可能であり、単純であるだけに発展性が大きい。イネ科が世界中に広まったのは、特定の虫に依存しないという、単純な受粉方法を採ったことも大きかったのである。

ちなみにイネ科は、虫媒花しかなかった草本の被子植物において、始めて風媒花を導入した植物だ。風媒は、針葉樹やシダ類など原始的な植物(裸子植物)における受粉方法であり、進化的には古風なやり方だったわけだが、この単純な方式の再導入というのは、まさに温故知新という感じがする。

ついでに言えば、イネ科は風媒花であるために、スギなどの針葉樹と同様、大量の花粉を飛ばす。このためにブタクサなどのイネ科植物はスギに続いて花粉症の主要な原因となっており、それだけでイネ科の評判(人気)を下げてもいる。

(3)ケイ素の利用で植物体全体を頑丈に

このように優れた形質を持つイネ科は、恐竜時代が過ぎて新生代となると、より地球の寒冷化が進んだことで草原が拡大し、大繁栄を遂げることになる。そこでイネ科植物を主食とする草食動物としてウシ目(偶蹄目)が多種多様に進化した。

イネ科は生長点が地表付近にあって草食動物による食害に強いといっても、もちろん食べられない方がなおよい。草食動物に食べられにくいようにするための工夫の一つは、トゲを作るということだが、イネ科の場合は先述のように単純なフォルムしか作れないということもあり、葉っぱのエッジを刃物のように鋭利にし、また消化しにくいよう葉や茎を丈夫にするという道を選んだ。

ウシ目の動物は消化しにくいイネ科植物を活用するため、反芻や複数の胃という消化器官を発達させた。これに対処するためイネ科はさらに植物体を頑丈にする、という具合に進化の追いかけっこが進み、結果的にイネ科の植物体は非常に消化しにくくなった。

これが可能になったのは、イネ科がケイ素(ガラス質)を積極的に利用できるように進化したためだ。ケイ素は地表付近にある元素としては酸素に続いて多く、地球上で最もありふれた物質だ。しかし、活性が低く常にケイ酸態で存在することなどから、植物の多くはこれを利用することができない。

普通の植物のトゲはカルシウムが主成分だが、土壌に豊富とはいえないカルシウムを使うため、植物体全体をトゲのように堅くするのは効率が悪い。ところが、イネ科は土中にいくらでもあるケイ素を利用することができ、植物体全体を頑丈にすることができた。そのためイネ科はガラス質の骨格を手に入れたのである。

また、ケイ素は植物への各種ストレスへの耐性を向上させる効能があることが分かっており、利用しにくいが有用な元素でもある。このため、イネ科の植物には重金属等で汚染された過酷な土壌でも育つ種類が多い。

(4)文明を育んだデンプン豊富な種子

ともかくイネ科は栄養や酸素が乏しい痩せ地にうまく適応しているのだが、その秘密の一つは種子にもある。

イネ科が所属する大きなグループである被子植物門の特徴は、きれいな花を咲かせることと、果実を作ることであるが、イネ科では先述のように花は風媒花で地味であり、さらにほぼ果実も作らない。例えば稲では普通の作物で果実にあたる部分はほとんどなく、それは種(米)を薄く覆っている籾殻なのだ。

そして、これこそがイネ科を生んだツユクサ類が成し遂げた革命的な進化なのだが、種子にデンプン(炭水化物)を多く含んでいるのである。普通の植物の種子の成分は、タンパク質(アミノ酸)や脂質が中心で、炭水化物はあまり含まれていない。アミノ酸や脂質というのは植物体の素となる栄養素ではあるが、植物体の主成分はセルロース、つまり炭水化物なので、これはあくまで「素」でしかなく、光合成によって炭水化物を生成して、始めて植物体を生長させることができる。要は炭水化物を「現地調達」するわけだが、これだと水や二酸化炭素や光が不足した過酷な環境では種が生育することができない。

一方で、イネ科では植物体の主成分である炭水化物を種子に内包し、仮に過酷な環境にあっても発芽・初期生長を問題なく行えるようにしているのである。

そして、種子に炭水化物が豊富ということで、イネ科は人間にとって非常に重要な植物になった。人間の主要なカロリー源である炭水化物が、保存のきかない根茎や果実ではなく、長期保存の可能な種子に蓄えられていることが、栽培植物としてイネ科の大きな長所である。大げさに言えば、イネ科植物の農耕を行うことによって、人間は文明を生み出したとも言える。

もちろんタロイモ・ヤムイモやバナナといった他の栽培植物を中心とした農耕文明も生まれたのだが、これらは長期保存が可能でないために社会機構が体系化・複雑化しなかった面がある。長期保存可能な小麦や米の場合、どうしても貯蔵・余剰生産物の管理が必要になることから、中央集権的な社会機構が整備されたと思われる。もしイネ科植物がなかったなら、現在の社会とは随分違った形の文明が生まれただろう。世界三大穀物の全てがイネ科なのは、決して偶然ではないのである。

ということで、イネ科植物について長々述べてきたが、こうしてまとめてみて思うのは、イネ科は最も進化したグループの一つであるにも関わらず、その生存戦略は実にシンプルであることだ。風媒や果実を作らないことなどは、被子植物というより(進化的により古い形態である)裸子植物に近く、古くてもシンプルな戦略を採用している感じがする。

また、進化的に主流派とは逆を行っているということも特徴的だ。生長点を敢えて下側に持ってきたり、他の植物が利用しないケイ素を利用したりといったことは、必ずしもイネ科だけが実現したことではないが、この両方を取り入れたのはイネ科だけだと思う。主流派とは逆でも、環境に適応した合理的手法を選択した結果にイネ科の繁栄がある。

こうしたことは、人の生き方や企業体の経営に対しても示唆を与えるような気がしてならない。『イネ科植物に学ぶ経営』などという本がすぐに一冊書けそうである。

もちろんそんな本は書かない(書けない)が、イネ科植物の栽培はいろいろしてみたいと思う。水稲を栽培中だが、次はトウモロコシにもトライしてみたい。その次は小麦を、そしてできれば大麦や燕麦にも関心がある。なんだか、経済生産(稼ぎ)よりも生育の観察に興味の中心があるような気がするが…。ともかく、イネ科は面白いのである。

【参考】
単子葉植物の歩み」ページ毎の粗密があるが、単子葉植物の系統進化について非常によくまとまったサイト。

【補足】
大筋では間違っていないつもりだが、 私は生物学は専門ではないので、本稿には細かい部分で誤りがある可能性がある。もし誤りに気づいたらコメントでご教示いただけると有り難い。

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