2015年8月7日金曜日

クモ、カマキリ、ムカデと圃場生態系

私の柑橘園にはクモが多い。今ちょうど夏剪定をしているが、その最中によく顔にクモの巣をひっつけてしまう。

クモの多さは多分、無農薬栽培をしていることと関係がある。普通の柑橘園にはこんなにクモはいない(ような気がする)。私も無農薬栽培を初めて最初に感じた変化は、「なんかクモが多いなー」ということだった。

クモに比べれば目立った変化でないような気もするが、カマキリも他と比べて多いと思う。ただ、大型のカマキリはあまり目にすることがなく、小さいカマキリが中心なのはなんでなんだろうか。

それから、最近はムカデも多くなって、よく幹にムカデが這っているのでとても怖い。しかもこんな巨大なムカデ見たことない! というような立派なのが這っている。この前はあんまり怖いもんだからムカデを殺してしまった。でもクモもカマキリもムカデも、他の昆虫を食べてくれる存在だから農業的には有り難い虫である。

クモやムカデのような虫は他の虫を食べ、その虫はまたより小さな虫を食べているわけで、クモたちが存在していること自体が、圃場内に餌となる虫がたくさんいる証左だ。だいたいの虫は益虫でも害虫でもないし、クモやムカデがことさら害虫ばかりを食べてくれるというワケでもないのだが、こうして圃場内に(たぶん)安定した生態系ができているということは喜ぶべきことだ。

クモ、カマキリ、ムカデは圃場生態系においてほとんど最上位に位置していて、圃場生態系のありさまを決める重要な存在だ。生態系における少数の捕食者は、生態系のバランスを決める決定的な要因となっていることが多く、それは生物学の用語ではキーストーン種という。

キーストーン種がいなくなると生態系は重大な影響を受ける。無農薬栽培を始めてみて思ったのは、こうして圃場に生態系が出来てくると、農薬を使うとそれを壊してしまうことになるからおいそれとまた農薬は使えないな、ということである。生態系の攪乱によってどのような影響が出るのか不安になるからだ。

例えば日本でイノシシやシカが増えすぎて問題になっていることの原因の一つに、日本の山野におけるキーストーン種であったニホンオオカミの絶滅がある。イノシシやシカが人里まで下りてくるようになったのは山野が杉林ばかりになって食べ物が少なくなったからとか、人家が山近くまで作られるようになったからとかではなく、捕食動物が減ったことが要因として大きいと思われる(そもそも戦前の山ははげ山が多かった)。

ちなみにキーストーン種は生態系のバランスを決めるが、生態系の全生物量(バイオマス)を決めているのは、水とか太陽エネルギーのような外界からの影響を除くと、たぶん土壌微生物だと思う。土壌微生物の生物相が安定することによって、生態系のバランスがより強固になるのではなかろうか。

土壌微生物についてはクモとかムカデみたいに直接観察することは難しいので、ちょっと勉強してみたいと思う。

2015年7月27日月曜日

米袋デザインとお米の販売告知

去年と一昨年「南薩の田舎暮らし」で販売した狩集農園の「おうちでたべているお米」、今年はその米袋(5kg入り)のデザインをさせてもらった!

磯間嶽のシルエット(これは狩集農園さんからのリクエストによるもの)を遠景に、ちょっとだけ不整形な緑の四角形。この四角はもちろん狩集農園の田んぼを象徴していて、田んぼというのはキッチリ四角なら作業がしやすいがゆがんでいると手間がかかる。さらには山あいの狭い田んぼとなれば手間は段違いで、そういう手間をかけて育てたお米ですよ、ということを暗示したつもりである(まあそんなことにピンと来る人はいないと思いますが)。実際、干拓のだだっ広いところで米を作るのと、山あいの狭くて形の悪い田んぼで米を作るのでは3倍くらいの手間が違う、それなのにお米の値段は(農協に出荷したら)全く同じなのだから現実は非情である。

ちなみに「おうちでたべているお米」の題字は狩集農園のお子さんに書いてもらった。去年は、ネット販売の売り文句か何かに「ちっちゃな子どもがいる狩集農園の…」と加えたが、そういう説明もちょっと野暮ったいし、題字の雰囲気で表現したいと思い、 こうしてみた。

で、このお米、せっかく米袋をデザインさせてもらったのだが、今年は「南薩の田舎暮らし」では販売しないことにした。いろいろ事情はあるが、一番は「よく考えたら全国の郵便局で申込を受け付けているわけで、あえてインターネットで販売する意味があんまりない」ということである。

というわけで、ご注文の方はカタログチラシをご覧いただき、お近くの郵便局の窓口にて備え付けの「カタログ販売申込書(一般用A)」で申込いただきたい(このカタログチラシが置いてある郵便局でしか取り扱っていないのかと勘違いしていたのですが、全国の郵便局で受け付け可能との由でした。ただしふるさと小包のWEBサイトでは申込できません)。

で、その次に大きな理由は、今年から自分で栽培したお米を販売するということである。

私は米作りは「田舎モノの嗜み」としてやる程度…と思っていてこれを個人販売していくつもりはあんまりなかった。でも気づいたら5反(50a)も水田を作っていて、自家用以外は全部農協に出すということだとせっかく無農薬栽培しているのにもったいない。専門の米農家の方に比べれば品質は全然マダマダではあるものの、無農薬・無化学肥料に価値を感じていただける方もいると思うので販売に踏み切ったわけである。

というわけで、南薩の田舎暮らしの「無農薬・無化学肥料のお米」10kg 4000円(+送料500円)。予約のみ販売となっていますのでよろしくお願いします!

ご予約はこちらから↓
【予約商品】無農薬・無化学肥料のお米
※発送は8月10日前後を予定しています。

【関連ブログ記事】
オフィシャルブログの方にも関連記事を書いていますのでご関心があればどうぞ。
今年のお米づくりが始まりました
田起こしとほんの少しの有機質肥料
代掻きに恵みの雨
6時間も田んぼの中を行ったり来たり
魔のジャンボタニシ
無農薬・無化学肥料の新米、予約受付中です!

2015年7月18日土曜日

アイスクリームは手作りに限る

家内が今年もアイスクリームを作ってくれた。

美味い!

手作りすると大抵のものはびっくりするほど美味しいが、ことアイスクリームは市販品とは雲泥の差である。この味はハーゲンダッツといい勝負で、クリーミーさと濃厚さではハーゲンダッツに勝っているかもしれない。

なぜアイスクリームは手作りすると美味しいのか。というか、なぜ市販品は研究開発の末にできた商品のはずなのにそれほどは美味しくないのか。 これには理由がある。

それは、アイスクリームには賞味期限を表示しなくてもよいからなのだ(あくまでも私個人の考えです)。

業界団体が言うには、冷凍庫で保存すれば品質の低下は僅かなものでアイスクリームには賞味期限はいらないのだ、ということになっているが、実際に手作りしてみるとアイスクリームも品質は漸減していくもので、製造後2週間くらいが賞味期限ではないかと思う。

もちろん手作りでは工場並みの衛生管理はしていないわけで単純には比べられない。それに一番違うのは原材料。アイスクリームとして市販されているもののほとんどには、が入っていない(ハーゲンダッツには入っています)。が、お家で手作りするときは卵黄を入れた方が絶対美味しい。

でも卵を入れると、コストも高くなるし、時間による劣化の問題も出てくるのだと思う(たぶん業務用冷蔵庫の-25℃だと大丈夫なんだろうが、家庭用冷蔵庫だと-18℃なので劣化していくのでは)。そうなると、賞味期限を設定しなくてもよいのが商材としてのアイスクリームのいいところなのに、賞味期限を定めなくてはならなくなってくる。

しかしながら実際には、アイスクリームには賞味期限はつけづらい。というのは、スーパーの店頭などでの販売においては、アイスクリームの冷凍庫は賞味期限を管理するということがなされていないので(当たり前)、ある特定の商品だけ賞味期限管理をしてもらうということはちょっと現実的でないからだ。

そういうわけで、アイスクリームは美味しさよりも棚持ち(保存性)を優先させる製造が行われているような気がする。もちろん他の加工食品も、美味しさが最優先というのはほとんどないだろう。コスト、賞味期限、製造法、流通などさまざまな条件の中で作られている。でもアイスクリームの場合は、賞味期限を設定しなくてもよいということから、特に保存性重視の商品になっているのではないか。

みなさんも一度アイスクリームを卵黄入りで手作りしてみて、その味の違いを実感されたらよいと思う。デキストリン(増粘多糖類)で粘度を調整したアイスクリームと、卵でクリーミーになったアイスクリームは口当たりが全く別物である。

ちなみにアイスクリームは道具を使わず全くの手作りというのは結構難しいので、うちでは貝印のアイスクリームメーカーを使っています。オススメです。


2015年7月17日金曜日

「社会を明るくする運動」が象徴するもの

唐突だが、「社会を明るくする運動」って意味あるのだろうか?

毎年この時期になると「社会を明るくする運動」というノボリが道ばたに立てられて、標語みたいな横断幕が掲示される。

これは多分全国的なもので、各地で同様のノボリや横断幕が掲げられていると思う。都会に住んでいた時はその存在を忘れていたが、田舎のなんもない道にこれが掲げられているとそれなりに目立つ。これを各所に掲示する役場職員の手間も(全国各地でやっていることを思えば)厖大だろうに、これ、一体何の役に立っているのだろうか?

多分答えは「ほとんど何の役にも立っていない」。というか、「運動」という名前がついているが実際には具体的な「運動」はなくて、せいぜいごく一部の都市で作文コンテストの結果発表があったりそれっぽい講演会が開かれたりするくらいで、全国的に見ればこの「運動」の最も枢要な活動は、役場職員がノボリと横断幕を掲示するというものだろう。これは典型的なスローガン行政、つまり標語などを掲示するだけで中身のない社会主義国的な行政手法だ。

日本の行政には、こうした何の意味もないことは長続きするのに、本当に求められていることや有意義なことは泡沫のように消えて行ってしまうという悲しいサガがある。この「運動」も何かの支障になるというわけではないし、掲示する手間も各自治体だけで考えればさほど大きいものではない。表立って実施に反対しなくてはならない理由もないから法務省に従っておくか…というような考えで全国でやられているのではないか。この「運動」は今年で65回目らしいが、よくぞこんな無意味なものが65回もの歴史を積み重ねたものである(多分当初は意味があったんだと思いますが)。

しかも、この「運動」の政策目的は何かというと、「社会を明るくする運動」というスローガンからは全然わからないもので、これは犯罪を犯した人や非行少年が社会復帰することを後押しすることなのである。

これ自体は必要なことで、後ろ指指されるようなことをすればすぐに村八分になりがちな日本社会には大切な目標である。それに、その存在がつい忘れられがちな保護司(これは国家公務員なのに無給という奇妙な職業。犯罪を犯した人の後見活動などをする)にも、「社会を明るくする運動」の時にやや表立って活動する機会(街頭での呼びかけ・講演など)が与えられるのも重要だ。私はこの「運動」の唯一の意味は、保護司のみなさんのプレゼンスを高めるということだと勝手に思っている。ついでに言うと、実は私の曾祖母も保護司をやっていたらしい。

で、問題はそういう政策目的から考えて、「社会を明るくする運動」はちゃんと役立っているかということである。こういう無意味なスローガン行政を全国で展開するより、小さくてもいいから中身のある活動を進めていく方がずっといいことではなかろうか。同じ厖大なコストをかけるなら、もっと今の時代にあった内容に変えていくべきだ。

ともかく、この「社会を明るくする運動」のノボリは、無批判に前例と慣例を尊んだり、上級官庁の言うことに素直に従ったりといった、日本の行政の主体性のなさの象徴のような気がしてしまう。何より、「実質的に意味がなくても問題にしない」という姿勢の現れだと感じる。

実際には、「社会を明るくする運動」自体にそんなに目くじらを立てる必要はない。でも、実質的に意味がなくても一度確立したものはずっと続いていくという日本の悪弊は、例えば八ッ場ダム(作る必要はないのに中止できない)とか諫早干拓(米は減反しつづけているのにどうして干拓する必要があるのか)みたいな大規模公共事業において先鋭的に表出している。意志決定の中枢には、「これもう意味ないんじゃない?」と疑問を呈する人が必要である。

一方、「一度確立したものはずっと続いていく」というのは、悪弊でもあるが同時に歴史的視点からは貴重な性質でもある。例えば雅楽の楽器(とか龍笛とか)は千年前からほとんど形を変えていないが、これはその「悪弊」が遺憾なく発揮されたためである。西洋の楽器はこの300年を見てもどんどん機能的に演奏しやすく発展してきたのに、雅楽の楽器には全く改良が施されていないのだ。改良されていないことを良しとするか悪しとするかは人それぞれだとしても、多分日本の雅楽が残っていなかったら永久に失われてしまった音楽があったことを思うと、人類史の一齣を保存するという価値はあった。

だから「前例踏襲」も極めれば立派といえば立派なんだろう。しかしそのせいで、実質的に意味あることが後回しにされているとしたら残念だ。「社会を明るくする運動」みたいなことがそこらじゅうに溢れていて、社会(というより地域行政)の発展を阻害しているような気がして仕方がない。

2015年7月15日水曜日

ジラフェスタオルと寄附の話

ジラフェス(大浦"ZIRA ZIRA" FES)のタオルが納品された!

タオルへのデザインは初めてだったのでちゃんとイメージ通りの印刷になるか不安だったが、想定以上にちゃんと印刷されていてビックリ。色も業者指定のインクを使わず、自分好みの色を勝手に使ったのにかなり再現性が高かった。業者の方に感謝!

デザインについても、地味すぎるんじゃないかという心配もしていたが、今のところ思った以上に好評をいただいているようである(自画自賛ですいません)。

ちなみに、ポスターでは「当日販売」を謳っているが実際には結構予約で捌けているらしい。「南薩の田舎暮らし」でも予約をとって20枚くらい売れた。このタオルは実用性とかいうよりイベントへの寄附のための商品だから、こうして応援してくれる人がたくさんいるというのは本当にすごいことだと思う。

そういう人が、気分よく500円を払ってくれるようなデザインになっていたら嬉しい。

ちょっと話が逸れるが、お祭りへの寄附をするとタオルならぬ「手ぬぐい」をもらえるところが結構ある。手ぬぐいが欲しくて寄附をする人は皆無だろうが、やっぱり形として何かもらえると寄附というのはしやすい。

それでいつも残念に思うのは、街で高校生がやっている「あしなが育英基金へのご協力をよろしくお願いしまーす」みたいな街頭活動。けなげな高校生が一生懸命頑張っているにしてはお金の集まりがいまいちではないかと心配だ。アレも何か「対価」的なものを準備すれば随分と成果が違ってくるのではないかと思ってしまう。

例えば、アメリカなんかで教会とかクラブ活動のような非営利活動の活動資金集めを行う時に「ベイクセール」というのがある。これは、実質的には寄付集めなのだが、ただ「お金をくださーい」というのではなくて、みんなでドーナツやクッキーなどを焼いて(ベイク=bake)、それを販売するというものである。要するにチャリティバザーを焼き菓子でやるわけだ。

もちろんベイクセールといえば寄附集めであることは道行く人はちゃんとわかっていて、 お菓子を食べたい人を対象にしているというよりは、「がんばってお菓子を焼いたから協力よろしくね」というメッセージを送っているのではないかと思う(実際にベイクセールをやっているところを観たことはないので想像で書いています)。

でもそういう対価があれば、やっぱり寄附はしやすいのが人情なのではないだろうか。対価として釣り合ったものでなくても、何か具体的な形が手に入る方が「ご協力をよろしくお願いしまーす」だけより、財布に手が伸びるような気がする。

ましてやけなげな高校生が作ったお菓子なら、少々高くても買ってあげようという人がいるだろう。そうすれば彼らの寄附集めももっとうまくいくのではないだろうか。

ただ、実際にはこのアイデアを日本で実行するのは難しい。日本では加工食品の販売は規制がやかましく、 アメリカのように気軽に飲食物を販売できないということである(アメリカの規制は未詳ですが)。アメリカでは、庭先でやるレモネードスタンドが子どもの小遣い稼ぎとしてよくあるらしいが、こういうのも日本で(許可を取らないで)やったら違法で、許可を取るには鹿児島県の場合3000円もかかって小遣い稼ぎにならない。

こういう、子どもによる寄附集めとか小遣い稼ぎのようなものの形態にも、食品衛生法の規制みたいな一見無関係なことが遠く影響を及ぼしていて、本当に規制というのは怖ろしいものだと思う。

2015年7月6日月曜日

南さつま市の2つのプレミアム付商品券

先日の土日、加世田ではプレミアム付の商品券が発売された。土曜日は4〜5時間も並んだそうだ。日曜日、私も販売会場の南さつま市民会館を偶然通りかかったが、すごい人出で何事かと思った。

正式名称「地域活性化すまいるアップ・プレミアム付商品券」は、1万円で1万2000円分の商品券が買えるもので、ある意味では2000円をタダで配っているのと同じことだからそこに人が殺到するのは当然である。政府が主導してやっているものだから、全国の多くの自治体で同様な現象が生じたのではないだろうか。

さて、私が気になっているのは、実は南さつま市には2種類のプレミアム付商品券があるということである。私も実際に商品券が発行されるまでそれに気づいていなかった。

なぜ南さつま市に2種類の商品券があるのかというと、商品券は自治体が直接発行するものではなく商工会や商工会議所が発行しているためで、南さつま市には「南さつま市商工会」と「南さつま商工会議所」が並立しているからなのだ。

どうして2つの似たような団体が並立しているのかというと、合併の経緯による。元々どちらの組織も根拠法に基づき、商工会は町村区に、商工会議所は市区に設立されるものであり、本市の場合も旧大浦町、笠沙町、坊津町、金峰町にはそれぞれの商工会が、そして旧加世田市には加世田商工会議所があった。それが南さつま市への合併によっても一つに統合されることなく、それぞれ旧町同士がまとまった「南さつま市商工会」と旧加世田市のみを区域とする「南さつま商工会議所」ができたというわけである。

本来は、南さつま市になったことを契機として全てが「南さつま商工会議所」にまとまるべきだったと思う。当市のような弱小自治体に同様の組織が並立していることは負担でもあり、効率も悪く、スケールメリットも発揮できない。しかしながら商工会と商工会議所は、ほぼ同様の活動をする組織であるにもかかわらず、全く別系統の存在となっているため合併が難しい。

例えば、商工会の所管は中小企業庁であり、商工会議所の所管は経産省であって所管からして違っている。また商工会は県単位組織として鹿児島県商工会連合会、全国組織として全国商工会連合会という縦の組織が存在している。一方で商工会議所は、県単には鹿児島商工会議所、全国組織は日本商工会議所、となっている。このようにそれぞれが別系統のヒエラルキーで活動をやってきた。その中身がほとんど同じものだったとしても歴史的経緯から別別になっているわけで、これが合併するのは困難である。

平成の合併の議論の中でも、商工会側から「商工会を商工会議所に無理に合併するのはやめてくれ」という声が上がったようである。実際には、行政の合併と同時にこうした事業者組織も合併する方が長い目で見れば加盟者の利益になったと思うが、結局は今まであった組織を潰したくない、ということや政治的な事情(全国商工会連合会と日本商工会議所は別に政治活動を行っているから)が優先されたような気がする。それに商工会や商工会議所が目立って意欲的な活動をしているというケースも(残念ながら)少ないと思うので、合併せずに併存していてもそれほどの差し障りはないと判断されたのだと思う。

しかし実際にこうして2つの商品券(のチラシ)を眺めて見ると、南さつま市に2種類の同様の組織があることがとても奇異に感じられる。このプレミアム付商品券の発行が、「南さつま市制施行10周年記念事業」に位置づけられていることもちょっとした皮肉ではないか。商工会と商工会議所が一つにならずに併存していることの象徴、つまり4つの旧町と加世田の断絶を象徴するような商品券なのに(併存していること自体は市の責任ではないが)。「商工会」の商品券は4つの旧町でしか使えないし、「商工会議所」の商品券は加世田でしか使えないのだ。

とはいっても、商工会と商工会議所が一つになるには、実際には合併ではなく商工会が解散して商工会議所に再編されるという手続きが必要で(たぶん)、これまであったものをなくす、という関係者にとっては誠に暗鬱な決断が必要になる。こうした暗鬱な決断を容易にし、小異を捨てて大同に就くための後押しが平成の大合併のアフターケアとして求められていると思う。

2015年7月4日土曜日

社会の主導権を若者の手に取り戻す:南さつま市まち・ひと・しごと創生総合戦略へ向けて(その4)

さて、いろいろ書いてきたが「まち・ひと・しごと創生」の戦略といっても、実は「何をするか」はさほど重要ではないと思う。

これは地域おこしとかも同じで、実は「何をするか」は大して問題ではない。ここを勘違いしている人が多く、地域おこしというとすぐに「妙案」はないかと探してしまうのだが、妙案なんてインターネットにいくらでも転がっていて全然不足はしていない。

では何が大事かというと、何をするにしてもそれを「どうやってやるか」ということである。

どんなプロジェクトでも、センスと企画力と行動力のあるリーダーの下でやれば成功間違いなしだし、期待した以上の効果とそれからの意外な展開があるはずだ。だがそんなリーダーがいれば苦労しないわけで、これは無い物ねだりというものだ。

ではどうするか。それは「若い人の力でやる」ということだと思う。若い人の方が、経験豊富な人より優れているかどうか分からない。でも未来は若い人のためにある。「まち・ひと・しごと創生」とかいうことも、結局は若い人が生き生きと暮らしていく地域社会にしていくことが大事なわけで、まずその当事者である若い人が主役にならなければおかしい

それで心配するのは、田舎(だけでなく都会も一緒なのだが)の各種ブレーンの高齢化である。つまり、何事につけても上席にいるのがお年寄りばかりで、ただでさえ少ない若い人が表に出てきていないということだ。

「大浦まつり実行委員会」みたいな、まあ毒にも薬にもならないような実行委員会でも、やはり中心は街の顔役たちであって、若い人は実働部隊になっている。これは行政が主宰する(または事務局の)各種委員会の人選というのが当て職(自治会連絡会長が委員になるのが決まっているなど、各種の顔役を自動的に委員にする仕組み)になっているからだ。

社会の人口構成自体が高齢化しているのに、それに歩調をあわせてこうした会議も高齢化してしまっては先が危うい。

例えば南さつま市最大のイベントである「吹上浜砂の祭典」もそうだ。これだけのイベントに成長したことは誇ってよいし、先達に感謝もしなくてはならない。でも何かどこかでボタンの掛け違えがあるような気がする。市民に愛されるイベント、からどこか離れていっているようで心配だ。

その背景に、実行委員会の体制があるのではないか。(実行委員長の名前すら公表されていないので伝え聞きによるが)実行委員会が高齢化してマンネリ化し、若手のアイデアを消化できなくなっているのではないか。大切に育てるべき若手の小さな発案を、巨大なイベントを大過なく運営することを優先するあまり踏みつぶしていっているのではないか(想像で批判してごめんなさい)。

「砂の祭典」を行政が巨大な労力を掛けて実施すること自体の賛否もあるようだが、私自身はやることはよいと思う。でもそのやり方が問題だ。ちゃんと若い人が中心になって、若い人の自己実現の機会になれているかということだ。「砂の祭典」だけでなく、市内で行われる様々な行事や事業が、若い人の力の発露となっているか。

だからちょっと過激な案かもしれないが、行政が主宰または事務局を務める会議や組織のチーフ(委員長とか議長とか)は、全て40代以下にすることを提案したい。そして当て職委員の数は半分程度に減らす。多分今のチーフは60〜70代が中心ではないかと思うがこれを30年若返らせる。もちろん委員全体としても若返りを図る。そうするとそこでの議論は全く違うものになってくると思う。

「やりたがる若手がいない。若手が育っていない」などと言うなかれ。あなたがそう思っているその若手は、曖昧な笑顔の裏で「この話の通じないロートルに何と言えば提案が通るのか」と考えを巡らせているはずだ。若手が育っていないと感じるのは、若手が未熟なのではなく高齢者と違う考えの世界に生きているからで、彼らからみれば年寄りの方こそプロジェクトを阻害する存在なのである。

同じことは地方議会についても言える。今の南さつま市議会の平均年齢は60歳を超える。それでは多様性のある未来志向の議論はできない。やはり子育て世代や現役バリバリの人もいないとどうしても議論は時代遅れのものになる。物事の中心には「今」を生きる人がいるべきだ

だから市民全体として、若い議員候補を育てていかなければならないと思うし、議会自体も現役世代が参加できるような工夫が必要だ。例えば議会を平日の夜開催するとかである。今は議員に立候補できるのはどうしても引退世代か、自営業など時間に自由がきく人が中心になっているので、仕事をしながら、子育てしながら議員もできるようにする環境を作っていくのが大事だと思う。

そして、議員の平均年齢を50代に下げることができたらそれこそ「地方創生」になることは間違いない。

私は、究極的には地域おこしというのは地方自治のリノベーションだと思っている。もっと過激なことを言うなら、地域おこしとは、「地域の主導権を若者の手に取り戻すこと」に他ならないとすら思う。

高齢社会の悪いところというのは、もちろん社会保障の負担とかそういうこともあるが、それ以上に「考え方の古い年寄りが社会の主導権を握る」ことではないか。今のような変革の時代だからこそ、思い切って若手に道を譲ることが必要だ。

思えば明治維新の時もそうだった。明治維新とは、下級武士(若手)によるクーデターと見なせるがなぜあの時代に薩摩の下級武士は急速に力をつけたのか。それは社会が変革の時を迎え、鹿児島−京都・江戸をたびたび(多くは徒歩で)往復しなくてはならなかったので、そういう移動は年寄りには負担が大きく敬遠され、それで自然と若手が行動の中心になったからだ、というのが私の持論である。何しろ当事者として外部といろんな話をしてきているのだから若手の方が強くなる。最初は使いパシリ・伝言鳩的だったのかもしれないが、結局はやりとりの現場にいるものが主導権を握るものである。

一方現代はどうか。高齢者は、健康でありさえすればいつまでも社会の中心に居続けることができる。昔なら集落から役場まで出て行くことだけでも億劫だったが今なら車で数分だ。もちろんそれはいいことだ。年寄りだからといって家の中に閉じこもるようなことはよくない。どんどん外の世界へ出て行ったらよいと思う。しかしそのためにいつまでも若手が地域の顔役の影に隠れるようなことがあってはよくない。

「まち・ひと・しごと創生総合戦略」の主眼は、要するに人口減少への対応をどうするかということであり、それは喫緊の課題である。だがその戦略を年寄りが中心になって作るようなら全く意味はない。これからを生きる若い人が中心になって考えるべきことだ。

もちろん年寄りを置き去りにするつもりはない。彼らは多数派なのだから、黙っていてもその意向は社会経済に色濃く反映されるはずだ。それよりも、耳を澄まして聞くべき若い人の意見、両手で優しく包んで守らなくてはならない未熟なアイデアを大事にして、「これからを生きる人のリアル」をその戦略に反映させていかなくてはならない。