2015年10月23日金曜日

「すべての人が楽しめるよう創られた旅行セミナー in 南さつま」へ参加

ほとんど観光に関する活動はしていないが南さつま市観光協会のメンバーになった。

それで先日、「すべての人が楽しめるよう創られた旅行セミナー in 南さつま」という講演会に参加してきた。

正直、このセミナータイトルがなんだか胡散臭い感じで、あんまり期待はしていなかったのだが、意外と面白かったので内容を紹介したい。

講師は日本バリアフリー観光推進機構の理事長であり、また「水族館プロデューサー」でもある中村 元さん。中村さんは「バリアフリー観光」の日本での提唱者であるらしい。「僕がバリアフリー観光が大事だと言ってるのは、集客のためです!」という身も蓋もない話からスタート。中村さんは福祉系の人たちとはかなり違う風貌で、良くも悪くも「プロデューサー」らしい怪しげな雰囲気がある。

「バリアフリー観光」なるものの発端は15年ほど前に遡る。当時、三重県の北川知事が「伊勢志摩への集客のためにイベントばっかりやってるけど全然成果ない。これまでと違った考えで観光推進やってみよう」ということで若手を集めて議論させた。その時集められた一人が、当時鳥羽水族館の副館長をしていた中村さんである。

中村さんはひょんなことから海外のリゾート地で「バリアフリー観光」が行われていることを知り、これを伊勢志摩への集客に使えないかと考えた。だがメンバーは大反対。障害者への偏見なども強い時代(その後『五体不満足』でだいぶ変わったという)で、「障害者から金取らないとやっていけないくらい伊勢志摩は落ちぶれたのかっ!」という意見まで出たという。

そのため中村さんは水族館のお客さんのデータをとって障害者の市場がどれくらいあるのか推定してみた。結果、水族館の入館者数に占める障害者の割合は0.5%に過ぎないが、介助者と一緒に来るため障害者には4人連れが多く、結果0.5%×4人=2%が障害者に関係するお客さんだということがわかった。

一方、全日本人に占める障害者の割合は3%なので、水族館に来る障害者もこの割合にまで上がったとして、やはり介助者と一緒に4人組で入館すると仮定すれば、この2%は3%×4人=12%まで増やすことができる。こうなると集客の可能性としてはかなり大きい。

しかも障害者に優しい施設は、高齢者にも優しい。特に後期高齢者は歩行や排便に障害者と同じような困難を抱えている場合がある(和式便器は使えないとか)ので、なかなか外に出たがらないということがある。後期高齢者が人口に占める割合は12%もあるので、この人たちがお客さんになってくれるとすればマーケットとしてはかなり有望だ。

そういうことで中村さんはメンバーを説得し、伊勢志摩で「バリアフリー観光」に取り組むこととなったのであった。

中村さんはまずバリアフリーマップを作ることにしたが、障害を持つ友人から「バリアフリーマップなんか信用できない!」と言われた。その理由は、バリアフリーマップは障害者が作っていないから、実際にはバリアフリーでないのに「バリアフリートイレ」があるというだけでバリアフリーと表示されていたり(トイレ自体はバリアフリーなのだが、トイレに行くまでに障害があるとか)、バリアフリーを謳うとトラブルを誘発するということで実際にはバリアフリーの部屋があるホテルがそう書いていなかったり(何か問題があったときに「バリアフリーって書いてるのに対応してないじゃないか!」みたいなクレームがある)、 要するに全然使えないというわけである。

ということで、中村さんはちゃんと障害者と一緒に実地で見て回ってマップを作ることとし、しかもバリアフリーかバリアフリーでないか、という2項対立ではなく、どこにどの程度のバリア(障壁=段差の高さ、傾斜の角度、などなど)があるのかというマップを作った。要するに、「バリアフリー観光」を謳ってはいるが「バリアフリー」という概念はここにはなく、人は何をバリア(障壁)と思うのかはそれぞれ違うのだから、全てのバリア(になりうるもの)を網羅して調査したのである。

しかもそれをマップ化するだけでなく、そこで収集した情報を集積させて、障害の程度に応じてどの施設・観光地が利用可能かをアドバイスする拠点「伊勢志摩バリアフリーツアーセンター」をつくった。マップを作るところまではある意味では誰でも思いつく話だが、このセンターを作ったのが中村さんのイノベーションであると思う。

というのは、全てのバリアを網羅するというような野心的な情報収集になってくると、「ここに10cmの段差、その次に5cmの段差・・・」というような内容になって、とてもじゃないがマップどころかWEBサイトでもこれをわかりやすく案内することはできない。どうしても、そこに人が介在して「あなたの障害の程度ならここなら大丈夫」というような案内が必要になる。そしてそれ以上に、ホテルは旅館業法で宿泊客を拒否することは事実上できないから、実際には対応できない障害者を泊めてしまうというトラブルを防ぐため、こうしたセンターが必要なのである。

しかしこのセンターの真の価値は、障害の程度や介助者の状況によって利用可能な施設を差配する、ということにあるわけではない! そうではなく、その障害を持ったお客さんの、こんな観光をしたい、という気持ちを叶えることを中心に考えていることがこのセンターのすごいところである。例えば、温泉に入りたいというお客さんならば、「ここの温泉宿は段差があって介助者が2人必要だけど、段差を乗り越えれば露天風呂の家族湯に入れる」というような案内をする。ただ施設が整っていて、「バリアフリー」なホテルを案内するだけでない、というところがミソだ。

そもそも、「バリアフリー」なところを巡るだけだったらそれは福祉施設の視察みたいなもので観光とはいえない。観光にはバリアはつきもので、旅から全てのバリアを取り除こうとする方がおかしい。というより、ある程度のバリア=障壁がなかったら、美しい風景も残っていないわけで、観光の醍醐味はそのバリアを乗り越えて、美しい景色とか温泉とかにたどり着くところにある。そういう意味では「バリアフリー観光」は自己矛盾な言葉で、観光は全行程がバリアフリーであったら成り立たないのである。

だったら「バリアフリー観光」は何がバリアフリーなのか? ということである。歩道の段差をなくし、トイレをユニバーサルトイレにし、 エレベーターを設置する、それはもちろんバリアフリー化ではあるが、バリアフリーの本体ではない。バリアフリーの本体は、そうした情報を発信し、旅行の計画段階で、どこそこにバリアがあって、それを自分なら超えられるかどうか事前に検討できる、という状態を作ったことである。人間、行ったら困るかもしれない場所には行きたくないものだ。だが、それがどのくらいの困難さなのか事前に分かっていたら、介助者の準備も出来るし、少なくとも行けるかどうかの検討ができる。

つまり、障害者にとっての真のバリアとは、段差とかトイレとかいうことよりも、そうしたことが事前にわからないという「情報不足」だったのである。

そして、障害者が行きやすい場所は、「障害者が行けるんなら自分達も大丈夫だろう」ということで後期高齢者も行きやすい。そして多くの人が行く場所は、もっと多くの人を呼び寄せる。このようにして、伊勢志摩では非常なる集客増を成し遂げたのである。

中村さんは、施設をバリアフリーに改修するコンサル的な仕事も請け負っており、その際のアドバイスもちゃんと障害者の人たちの意見を聞いて行っている。というか多分、中村さんは人の意見を聞き出すのが上手で、「バリアフリー観光」がうまくいったのも、そのコンセプトがどうこうというより、中村さんの人の意見を聞き出す力に依っている部分が大きいような気がした。

例えば、最初のコンサルの仕事を請け負った時、ホテルの一室をバリアフリーに改装するにはどうするか、というのを障害者同士のワークショップ形式で議論してもらったそうだが、そこで出た最初の意見が「テレビは大きい方がいい」だったという。 「車イスだと一度部屋に入ると出るのが億劫、だからテレビを見ていることが多いが、そのテレビが家のテレビより小さかったらイヤだから」というのがその意見。私は、この意見が最初に出たということを聞いてナルホドと唸った。

というのは、こういう話し合いをすると、最初はどうしても優等生的な意見が出がちである。「段差をなくす」など真面目で当たり障りのない意見が出てから、そういう意見が尽きたときに「ところで、テレビは大きい方がいいんだけどね」みたいに冗談めかしていう意見が「本当の意見」であることが多い。そして、大抵そういう「本当の意見」は笑い話として処理され黙殺される。私は行政が住民の意見を聞く会議、みたいなものに結構参加している方だと思うが、そういう場面は何度も見て来た。

だがこの場合、「テレビは大きい方がいい」という個人の欲望に基づいた「本当の意見」がまず最初に出てきているわけで、それは中村さんの人柄によるのか、雰囲気作りのうまさによるのか分からないが、とにかくすごい。しかもこの意見は即採用された。こうなると「本当の意見」はドンドン出てくる。

人の意見を聞いてプロジェクトを動かして行くというのは簡単そうに見えて実に難しいことで、油断していると真面目で形式的な意見しか出ないつまらない場になったり、逆に「そうだよねー」「それもいいね〜」みたいに出た意見が全肯定される馴れ合いの場になったりする。 こうなるといくら「意見を聞く場」を設定しても「本当の意見」が出てこない。様々な場面において、障害者の「本当の意見」を聞いて、それに基づいてバリアフリー観光を進めたことが成功の秘訣だったのではないかと思う。

そして、中村さんのプロジェクトの核には、障害者の意見であったり、実地で調べたバリアの情報であったり、実直な情報収集があるということも重要だ。観光政策というと、すぐに「アピールが足りない!」とかいう人が出てきて、イベントをしたりゆるキャラを作ったり、要するに「露出度競争」に勝たないといけないと考える人が多いが、これは全くの愚策だと思う。もちろんアピールは大切だが観光地がやる自己アピールは往々にして自画自賛のオンパレードになりがちであり、一般の観光客に対してさほど価値を提供しない。

それよりも、観光地の情報を実直に収集してわかりやすく発信し、それを集積する拠点を設けるという地味な仕事の方に価値がある。中村さんの話も、「バリアフリー観光」というコンセプトに騙されて、「いやー南さつまにはまだバリアフリーは早い」みたいに誤解する人がいないか心配だ。バリアフリー云々は全く重要ではなく、大事なのは、「来て欲しい人がちゃんとこちらまで来やすいように、その人たちの意見をちゃんと聞いた上で時間と手間をかけて情報収集し、整理・発信し、対話し続けていく体制を整えること」なのである。つまり中村さんは、観光政策におけるごくごく当たり前のことを実直にやるべしと言っているだけなのだ。

しかし、その当たり前のことが出来ていない自治体のなんと多いことか! イベント、ゆるキャラ、B級グルメ。「起死回生のグッドアイデア」を探して手近な成果を求める観光地は多い。そしてその多くが一過性の成果しか得られないのは当然だ。こんな自治体ばかりの中で、地味でも実直な観光政策の王道を行けば、きっと道は開けるはずだ。王道こそ往き易し。妙案など何もなくても、南さつま市へと足を運んでくれる人はきっと増えるだろう。

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