2012年11月21日水曜日

農業にとってのTPP

日本全国の農村がそうだと思うが、うちの周りにも「TPP参加断固阻止!」のノボリや看板がよく立っている。

衆院選の争点の一つでもあり、農業者以外の関心も高いと思われるが、どうもその議論は感情的なものが多いように思われる。そこで、国際貿易に関してはズブの素人であるが、農業分野に限ってTPPについて自分の見解をまとめておきたい。

まず、最初に断っておくが、私は農業分野に関してはどちらかと言えばTPP推進派である。理由は、東大の本間正義教授が推進派だからだ。自分の頭で考えろと言われるかもしれないが、国際貿易というのは経済学の中でも非常に込み入っていて、素人が少し調べたくらいで実態がわかるものではない。私は官僚時代に日・EU科学技術協力協定の締結にちょっとだけ関わったが、ことに国際貿易の協定というものは複雑なもので「分かった気」になるのは逆に危険である。

そのため、素人としては、信頼できる(あるいは立場が近い)専門家の見解を信じるしかない、と思う。本間先生は農業経済学の重鎮で若いころから国際貿易の研究に取り組み、国際交渉の現場もよくご存じであるし、途上国等の関税アドバイザー的なこともやっていた(と思う。記憶が違っていたらすいません)。 自由貿易論者ではあるけれど、適切な関税で自国産業を保護することの重要性も強調するので、バランスも取れている。

というわけで、本間先生の見解をベースに、農業分野におけるTPPの意味をまとめてみる。
  • 既に米、麦、食肉、乳製品以外の農産物の関税は低いか実質無税なので影響はない
  • 例外品目の中で影響が大きいのが米。関税撤廃は段階的にすることが可能だが、猶予は10年なのでその間に米耕作の産業構造を変革する必要がある。農水省は9割が壊滅するという試算をしているが、それは大げさにしても零細兼業農家を中心に2/3くらいが廃業し、大規模耕作者(15ha以上)に集約される可能性がある。狭小な農地については耕作放棄地も増える。
  • 一方農産物の輸出については、TPPによって大幅に増加することはないが、共通のルールで公正な競争ができれば、伸びるところもある。懸念される自給率低下については、そもそも自給率という指標自体にあまり意味がない。
  • TPPがなくても近い将来日本の米農業は変わって行かざるを得ない以上、TPPに参加して早いうちに米農業の構造改革を進めた方がよい。TPPに参加するメリットは必ずしも大きくないが、旧来型の構造を温存し続けるリスクの方が大きい。
要は、TPPに参加すれば零細米耕作農家の多くが潰れるのは間違いないらしい。だが、現在の零細米耕作農家は多くが高齢者であり、10年もすればかなり自然減すると思われる。多分、何もしなくても優に30%は減るだろう。2/3の廃業を多いと見るかそうでもないと見るかは難しい。耕作放棄地も、何もしなくても増えるのは目に見えている。

また、本間先生は「TPP参加は農政改革とセットに行う必要があり、もし農政改革なしにTPPに参加したら農業は大打撃を受けるだろう」と言っているが、TPPに参加しなくても農家の自然減が想定される以上、減少分を補うために大規模農家への優遇政策が取られる必要がある。規模拡大を図りたい農家にとってみれば、TPPに参加すれば零細米耕作農家が早めに淘汰されるのでチャンスとも言える。

ところでTPPだけに限らないが、高齢化・少子化によって基本的に日本の将来というのは暗いので、「TPPに参加して経済成長!」とかはあまり真に受けない方がいい。来るべき衆院選も、有権者はどちらに明るい将来がありそうかで選んではいけない。日本の未来は暗鬱としたものであることを前提にして、より傷口が浅い方を選ぶという非常に後ろ向きな考えをする必要があると思う。

とはいいうものの、TPP参加の方がより傷口が浅いのかどうかは、実はよくわからない。今回は米だけにフォーカスしたが、畜産についても検討しなくてはならないし、そもそも農業分野はTPPのほんの一部で、投資や知的財産など20の分野を含む(※)。金額的な影響としては金融などの方が農業より圧倒的に大きいと思われるので、分野ごとに細かい検証が必要だ。非関税障壁の扱いについても考慮しなくてはならない。冒頭に述べたように国際貿易というのは非常に難しいのだが、こうした複雑さを捨象し、「TPPに乗り遅れると大変なことになる!」とか「TPP参加で国が滅びる!」のような極端な主張ばかりが目立つのが気になる。

もちろんTPPの現実の意味は、その間のグレーな部分にある。まずは交渉参加してどのくらいグレーなのかを探るのがいいのではないだろうか。私としては強い推進の気持ちはないので、どちらに転んでもいいと思うが、TPP問題で冷静な議論が行われ、我が国の産業の未来を考える機会になるとよいと思っている。

※ 24の作業部会があり、うち4つは「首席交渉官会議」「紛争解決」「協力」「横断的事項特別部会」なのでこれを外すと20になる。

【参考】
本間正義教授が日本記者クラブで行った講演

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