2012年9月3日月曜日

「日本版アグロフォレストリー」という考え方


アグロフォレストリー(Agroforestry)をご存じだろうか? 私は、鹿児島でこれを実行できたらいいなと思っている。

アグロフォレストリーとは、Agro=農とForestry=林業を組み合わせた言葉で、普通「農林複合経営」とか「混農林業」と訳される。これは環境にやさしい持続可能な農法であるとともに、森林の再生にも役立ち、かつ農家の収入の安定も図られるということで、近年、熱帯地域途上国の農業戦略として非常に注目を集めている。

具体的にどのようなものかというと、熱帯雨林を伐採(または焼畑)した跡地を利用するのだが、ここに例えばトウモロコシやコショウをまず植える。そして平行してバナナやカカオを植える。さらにマホガニーなど換金性の高い材となる樹も植える。ついでに、アサイーなどの果樹も植えておく。

するとどうなるか。1、2年目はトウモロコシが収穫できる。3年目くらいになるとコショウやバナナが収穫できる。6年くらい経つとカカオが収穫できる。カカオは高収益をもたらす樹木だが、定植からしばらく収入がないのがネックだ。このやり方だと、カカオによる収益がない間、収入を得ることができる上、日陰を好むカカオにマホガニーなどによって樹陰を提供することもできる。

アグロフォレストリーの面白いのはここからで、カカオの単一栽培が目的ではなく、アサイー(高木の果樹)が採れたり、他の果樹からの収入も細々と確保しながら農業を続け、30〜40年後にはマホガニーも伐採することができ一時的ではあるが高収入が得られる。結果として、多様な樹種が育つ森が再生することから、アグロフォレストリーは「森をつくる農業」とも言われる。

これを始めたのは、ブラジルのトメアスというところに入植した日本人、日系人である。彼らは最初、コショウの農園を経営していた。入植者の常として、必死に働いていたのだと思う。しかし、ある時コショウが病害虫の被害を受けて破産状態になってしまう。そのとき現住民の暮らしを見て思う。「なぜ、彼らは必死に働いているわけでもないのに飢えないのだろうか?」

現住民は、手近にあるいろいろな果樹を利用して、どんな気候や病害虫が発生してもなんらかの食料が確保できるように暮らしていたのであった。「これを自分たちもできないだろうか?」こうしてアグロフォレストリーが始まった、と言われる。

コショウの大規模栽培の方が収益は高いが、ひとたび病害虫が発生すれば大きな被害を受ける。つまり大規模栽培はハイリスク・ハイリターンなのだ。一方、様々な果樹を混植し、その樹陰で野菜を栽培することは効率は落ちるが、病害虫の被害を受けにくく、定常的な収益が期待できる。つまりローリスク・ローリターンだ。

しかし、単一作物大規模栽培と違って、流通が複雑になるという決定的弱点をアグロフォレストリーは持っている。いくら定常的に果樹が収穫できても、それが少量であれば、遠方まで売ることは難しく、現金収入に結びつかない。今、ブラジル政府は国を挙げてアグロフォレストリーを推進しているが、彼らがやっているのは他品種生産のジュース工場の建設だ。個別の農家の収穫は少なくても、それをジュースにしてパックすれば長く保管できるし遠方まで出荷できる。最近、東京などでは見慣れない熱帯果実のジュースを売るスタンドを見かけるが、これはアグロフォレストリーの成果でもあると思う。

アグロフォレストリーは新しい言葉だが、世界中で、特に東アジアでは古くから行われていた農法だ。日本でかつて行われていた焼畑農法も一種のアグロフォレストリーで、焼畑の後数年間はソバ、ヒエ、ダイコン、カブ、サトイモ、マメなどを育て、さらにコウゾやミツマタなどを植えて換金性の高い植物で10年くらい利用した後、スギの植林を行うというスギの造林法があった。特に土佐ではそういう造林が最近まで行われていたという。

また、単一作物の大規模栽培が世界中で進んだ結果、病害のグローバル化と深刻化の度合いは増している。植物検疫の制度は今のところなんとか機能しているが、人とモノの移動の活発化によってリスクは増大する一方だ。一方アグロフォレストリーは、作物の他品種少生産によって病害虫リスクも低減でき、ほとんど農薬を使わずにすむという。

こういうことから、アグロフォレストリーは途上国政策を行う者にとって非常に重要なツールになりつつあるが、私は、これは熱帯途上国だけに有効な手法ではないと思う。 熱帯雨林は実は土地が痩せていて、一度伐採すると森林の再生が難しいということからアグロフォレストリーの一つの存在意義がある。対して日本では耕作放棄地は勝手に森へと戻っていくので、わざわざ「森を作る農業」は必要ないのではないか、という人もいるだろう。

しかし、アグロフォレストリーは、元々森林の再生を目的として発想されたのではなくて、持続可能でローリスクな農業を目指してできたものだ。その理念や方法は日本でもあり得るのではないか。流通が複雑化するという欠点も、インターネットを通じた直販を利用すれば克服できるような気がする。

つまり私が実行してみたいのは、「日本版アグロフォレストリー」だ。日本人・日系人がブラジルで考案したアグロフォレストリーを、改めて日本でやってみたらどうか。実は、この入植者には鹿児島出身の人も多くいたのだ。熱帯雨林ではない、温帯気候の下でどんなアグロフォレストリーができるのかわからないが、賞揚されてやまない「里山」も一種のアグロフォレストリーであったわけで、きっと面白いことができると思っている。


【参考URL】
「アグロフォレストリー 森をつくる農業(1)(2)(3)」 3本立ての動画(youtube)。見るのに時間はかかるが、この動画を見るのが一番わかりやすい。冒頭の動画はこれ。 
「アグロフォレストリー」という発想。 竹の専門家でもある内村悦三氏が語ったアグロフォレストリー。
アマゾンの里山 トメアスでのアグロフォレストリーを取材した記事。
多様性保つ「森をつくる農業」アグロフォレストリーの先進地 毎日新聞の記事。
World Agroforestry Center ケニアのナイロビにあるアグロフォレストリー研究の総本山(英語)。南米で始まったアグロフォレストリーを、アフリカでも根付かせようと活動している。

4 件のコメント:

  1. 私も日本でもできるんじゃないかって思っています
    研究のために、あさって、国際大学の講演にいきます。
    ただ、ほんとの実践は話がないんじゃないかなと、、思っています。どうでしょうか。。。

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    1. manarinさん

      コメントありがとうございます。どうでしょうね。本文に書いたように、里山とか焼畑農業も概念的にはアグロフォレストリーなのですが、現代の農法としてはやられてなさそうですよね…。何か面白い話があったら教えてください!

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  2. 確かに、複数の作物を作ると販路が複雑になり、単一商品だとそうだが、確実に定着しなければ再度新商品の開発など経費倒れする。ただ、組合せとか組合とか、組織を作れば日本でもやれそうですが。規模が小さく、難しい。非常に、勉強になります。

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    1. 日本の一次産業を取り巻く問題の一つは、流通なんですよね。流通が未熟だから産業として発展せず、結果として高齢化するという流れがあるような気がします。日本版アグロフォレストリーができるとすれば、そのための流通システムの構築が必要でしょうね。

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