2013年10月6日日曜日

ドイツの有機農業関係者5名に話を聞くシンポジウム

本日、「有機農業を通して世界の子どもたちに安全な食材を」と題されたシンポジウムに参加してきたので、その内容を紹介したい。

このシンポジウムは国際ロータリーの鹿児島・宮崎地区が主催するもので、同組織は鹿児島・宮崎から4名を来年ドイツへと派遣し有機農業の研修を行うプログラムも用意するなど、有機農業の振興に力をいれようとしているところである。実は、この派遣事業に私も応募したのだが、残念ながら選考で落ちてしまった。

で、このシンポジウムだが、簡単に言えば、ドイツから招聘した5名の有機農業の関係者に話を聞こうという会である。タイトルが「世界の子どもたちに安全な食材を」ということで、農薬と化学肥料の悪口ばかり言って終わる非生産的なものではないかと心配していたが、実際には穏当かつ有意義なものだった。以下、そのポイントを備忘のためまとめておきたい。 なお、農業に直接関係ない部分は割愛している。

(1)岩元 泉さん(鹿児島大学教授・NPO法人鹿児島県有機農業協会理事長)の話

  • ドイツの有機農業は日本の100倍の面積があり、全耕地面積の6%にものぼる。
  • これは政策的に有機農業が振興されてきた結果であると思う。
  • 日本では、1971年から有機農業が細々と取り組まれ、1999年の有機JAS法、2006年の有機農業推進法と徐々に歩みを進めてはいるが、まだ規模的に小さい。
  • 有機JAS法による「有機」の認証についても、実は国産のものより外国から輸入されたものの方が多く、国産の有機農産物をもっと増やしていくことが必要である。

(2)大和田 明江さん(NPO法人鹿児島県有機農業協会常務理事)の話

(NPO法人鹿児島県有機農業協会の活動の紹介なので割愛)

(3)カロリーン・ウルリッヒさん(有機農場経営者)の話

  • ヨーロッパでは、EUが有機農産物の統一規格を定めている他、民間の上位規格も存在する。
  • 私は200haの農地、12,000羽のニワトリ、250KW発電するバイオガスプラント、10,000㎡のハウスの有機農業の複合経営をしている。
  • ニワトリは、一人の女性が一日6時間働いて全部面倒を見ている。養鶏は機械化が進んでいるのであまり手はかからない。なお、ドイツでは全ての卵にスタンプが押されており、ウェブ上で生産者や農場を確認することができる。
  • バイオガスプラントは、(鶏糞由来のバイオガスを用いて?)電気と熱を生み出すもので、熱についてはハウスの加温に用いている。
  • ハウスでは、トマトとキュウリ、そしてリーフ類を栽培している。注目してもらいたいことは、そこで働いている38名全てが知的障害を持っている人達であることだ。
  • 私は、これらの事業によって、物質循環を農場内で閉じたものにするよう努めている。

(4)ユルゲン・ヘァレさん(養豚所経営・有機農業コンサルタント)の話

  • ミュンヘン市の有機農業推進について紹介する。
  • ミュンヘン市は、そのものが(市で)最大の有機農家であり、市自身が10個の農場を持ち、うち7つが有機農場である。
  • なぜミュンヘン市が有機農業をしているのかというと、水質管理と関係がある。ミュンヘン市ではSWMという公益企業が水道事業をしているが、この水源地の水質を保つためにミュンヘン市が土地を購入した。そして、"Organic Farmer"というキャンペーンをやって130人の農家に3500haの土地で有機農業を実践させた。また1800haの森も有機認証を受けている。
  • ドイツでは残留農薬とチッソ分の残留によって水質が低下したことが問題となったが、このために浄水設備を整える費用よりも、土地を購入して有機農業に補助金を出した方が安上がりだという判断があった。
  • またミュンヘン市では再生可能エネルギーに力を入れていて、既に37%の電力が再生可能エネルギーによって供給されている。2025年にはこれを100%にしようというのが目標である。

(5)パネルディスカッション(質疑応答)

■岩元さん:カロリンさんの農場は家族経営なのか? またドイツでは生産者は個人で販売するのが普通なのか、それともグループでやるのか?
■カロリンさん:私の農場はNPO法人で60名の人が働いている。販売ルートは多様であり、直販もあるし大手への卸もある。また直接お店に配送するというようなこともやる。
(※岩元さんの2つ目の質問はドイツの一般的事情を聞いたもののようだったが、噛み合っていなかったのかもしれない)

■司会:鹿児島の有機農産物をご覧になって、どうマーケティングしていけばいいと思ったか。
■シュテファーンさん(有機農業のマーケティングアドバイスをされている方):透明性を高めるというのが重要だと思う。生産者の顔がみえるような工夫が必要。ドイツでは有機農産物は普通の農産物に比べ価格は3割高いが、安心なものを求める消費者の志向に合致しているからよく売れる。

■大和田さん:日本の場合、環境を守りたいとか、安心なものを作りたいとかいう強い思いを持った生産者が、人生を掛けて有機農業に取り組む、というような感じで、失敗した場合のリスクも大きい。一方、ドイツの場合は政策的な後押しもあって、もう少し取り組みやすいように感じる。日本のように個人の頑張りだけで有機農業を広めようというのは難しいと思う。両国には政治的な違いもあると思うが、どうやって政治的な後押しを図っていったのか。
■シュテファーンさん:いろいろなレベルで支援がある。まず、国から有機農業への補助として1haあたり250ユーロの補助金があるし、ドイツ政府は消費者への啓発活動もやっていた。また、投資家を募って実施する有機農業のプロジェクトもあったし、(民間の)そうしたプロジェクトへの支援もやっていた。
(※大和田さんの質問は、有機農家がどのように政治家へアプローチをしていったのか、という質問だったように思ったが、少し噛み合っていなかったかもしれない)

■ユルゲンさん:日本に来てみて、日本人は食べ物に大変敬意を払っているように感じた。料理の作り方が細かくてとてもきれい。このようなものはドイツにはない。だが、食べる時だけでなく、それを生産する時へも敬意を払うようになれば有機農業を取り巻く厳しい状況も変わるのではないか。

■会場からの質問者:有機農業といえば昆虫と思っている。有機農業が盛んなオーストラリアではハエがたくさんいる。有機農業における昆虫の話を聞きたい。
■ユルゲンさん: 生物間のバランスを保つことが重要だと思っている。例えば畑のフチに鳥が巣を作れるような所を設けて、鳥に除虫してもらう工夫をしている。
■会場からの質問者:有機農業では害虫とか益虫とかいう概念はないと思っていた。そういう区分けは人間が勝手にしたものだから。
■ユルゲンさん:農業だから害になる虫がいるというのは当然である。
■シュテファーンさん:慣行農業だとポストハーベスト、つまり収穫後に貯蔵性を高めるために農薬を使うということもあるが、有機農業ではそれはしないので、益虫を倉庫の中に放すといった対策も行っている。
■カロリンさん:ハエの話があったが、自分の農場ではハエを駆除するためにクモを放している。
■ルートヴィヒさん(有機農業従事者):虫と有機農業という話でいうと、ミミズは土を耕してよい状態にしてくれるし、現在話題になっているようにミツバチが農薬の影響で世界的に減少しているが、もしミツバチがいなくなったら人間が手で受粉しなくてはならない(虫と協力しなくては農業はできない)。

■シュテファーンさん:有機農業は、よく考えてやらなくてはならないと思う。単純に薬を撒けばいいという農業ではないわけだから、いろいろ学んだ上で、様々なことを考慮に入れてやらないとうまくいかない。(了)

【補記】
シンポジウム終了後、ドイツからの有機農業関係者2人に話を伺いに行って、いくつか質問をしたが、その内容は以下の通り。
・病気をどうやって防止するのか?
→気温などを栽培植物に最も好適となるように管理すれば、自然と強壮となり、病気には罹りにくくなるものである。(カロリンさん)
・雑草の管理はどうするのか?
→もちろん野菜の種類によって違うが、中耕・培土とマルチング。特に生分解性マルチを使う。(以下シュテファーンさん)
・例えばベビーリーフの場合、マルチの穴の中は雑草を抑えられないと思うが。
→残念ながらそれはそう。手で取るしかない。
・土壌の微生物をよい状態に保つのに、何か特別な方法があるのか?
→混植が重要。また、5〜7年ごとにマメ科植物を植えることが土壌改善ができるし、やはり堆肥の施用は重要。
・どれくらい施用するのか。またその種類は何がよいと思うか。
→1haあたり20トンくらいだろう。種類は何でもいいと思う。刈草でもいいし、有機物をやること自体が大切だから。
・慣行農業から有機農業への転換の鍵は何か。
→実践している農家から話を聞くことが一番だと思う。

【コメント】
まず、ドイツからの招聘団のリーダーを努めていたカロリンさんの農業経営の規模が大きくまた先進的すぎ、このクラスの農家は日本でも数団体と思われるので、有機以前に農業の段階に差がありすぎた。しかし、それだけの規模で有機農業を経営していくにはたくさんの工夫があるに違いないので、詳しく話を聞ければ参考になる点が多いのかもしれない。

印象に残ったのは、ドイツの有機農業関係者がいい意味で普通の人達であることだ。日本の場合どうしても有機農家=変わり者という部分が否めないので、 このように普通の人達が普通に取り組んでいるというのは心強い。また、言っていることも大変真っ当であり、いろいろ細かい工夫はあるのだろうが、「こうすればうまくいく!」という魔法の杖があるのではなくて、適地適作を守るとか、堆肥を継続使用するとか、農業の基本を着実にこなしていくことが大事という考え方であった。

さらに、有機農産物のマーケティングに関しても、透明性を高めトレーサビリティをしっかりし、生産者の顔が見えるようにすることが重要といい、これらは有機農業ならずとも普通の農業でも求められることで、こうしたことは日本の農政においてもかねてより強調されてきたことである。

今回、ドイツに行って研修できないことは残念であるが、このシンポジウムでドイツの有機農業関係者の話を聞いてみて、海外で魔法の杖を探すのではなく、自身の営農を基本に沿って確立することが最も重要と感じた次第である。もちろん、細かい工夫も重要であるから、そういう勉強はしていく必要があるが、基本を当たり前にできるようになる、ということほど大事なことはないのだと思う。

4 件のコメント:

  1. 風狂さん、ただ参加するだけでなく、ご自身でまとめておられることにまず大尊敬です。

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    1. お褒めにあずかり恐縮です。いつもそうする訳ではありません。今回のシンポジウムは、参加したかったけどできなかったという知人が幾人か思い浮かんだのでまとめたんです。

      あとは、せっかくメモをとったので記録しておこうというくらいのものですかね。

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  2. こんにちは、ご無沙汰しております。オーレックの竹内です。
    参加したかったです。イベント自体を知りませんでした。
    ところでドイツの有機農家さん、堆肥の量は大体20トンくらい種類については特に言及していないようでした。
    圃場内に入れる資材の主要成分はヨーロッパの方では当たり前に記録していると思うのですがその辺の話はありませんでしたか?
    日本では化成肥料にしろ堆肥にしろ入れたら入れた分だけいいものができると思われている方が多いのですがヨーロッパの場合は過度な施肥は水質汚染につながるため投入している資材はNPKの他成分を計算していると思っていたのですが。。。

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    1. 竹内さま

      ご無沙汰しております。コメントありがとうございました。まず、このシンポジウムは農家向けというわけではなかったので、ご指摘のようなところまで突っ込んだ話はありませんでした。ただ、NPKの計算などは当然にしているように思いました。随分合理化された経営がなされているようでしたので、過剰投入はありえない感じでしたね。

      また、堆肥については、私も記事を書いた時には意識していなかったのですが、シュテファーンさんは一貫してcompostという語を使っていて、manureという語を使っていませんでした。アメリカ英語では、manureは動物性堆肥でcompostは植物性堆肥というように使い分けられることが多いように思います。manure compost(厩肥)という言葉もありますけど。ただこのドイツの方がいうcompostがどういうものか、わかりませんね。

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