2012年8月12日日曜日

複雑な来歴を持つ素朴な行事——お盆

お盆である。引っ越してきてから初めてのお盆で、こちらではどういう風にお盆を過ごすべきなのかよくわからない。スーパーなどにはお盆用の飾り付け(干菓子とか灯籠とか)が売っているが…。

お盆は、日本の三大休暇の一つであり誰にとってもなじみ深い行事だが、実はなかなか奥が深い。これは一般的には仏教行事と思われているが、実は仏教との関連は薄く、教義的な意味合いも曖昧であり、不思議で複雑な習俗である。

お盆の直接的な由来となっているのは仏教行事の「盂蘭盆(うらぼん)」であるが、お盆は盂蘭盆そのものではなく、特に「祖先の霊が帰ってくる」というお盆の中心的観念はもともとの仏教にはない。丁稚が実家への帰省するかつての習慣である「藪入り」と、祖先の霊が帰ってくるという民間信仰、そして盂蘭盆が習合したのがお盆ということになるだろう。

さらに盂蘭盆というのも、実はインド由来の仏教にはない。これは「盂蘭盆経」という中国で作られた経典を典拠としているが、その内容を要約すると「祖先の供養のために7月15日には僧に供物を差し上げなさい」ということで、お供えの対象は祖先の霊ではなく僧になっている。もともとの仏教では祖霊祭祀の観念は希薄であったわけで、忠孝を重視する中国人が、僧への供物を中国的に合理化した結果が盂蘭盆経なのだろう。

そして、その供物を差し上げる日が7月15日というのは、道教の中元節に関連して設定されたものだろう。中元節というのは、中元の日=旧暦7月15日に、人間を愛してその罪を許してくれる中元地官(または地官大帝)という神にお供え物をして、日頃犯した罪の許しを乞うというイベントであり、日本の「お中元」の起源でもある。仏教側とすれば、7月15日にお供え物をする習慣を利用して、その対象を僧や寺院に変えようとしたに違いない。

また、盂蘭盆という不思議な名称の起源に関してはいろいろな説があるが、この行事はゾロアスター教の祖霊祭との類似が指摘されており、古代イランの言葉で霊魂を意味する「ウルヴァン」が語源ではないかという説が提出されている。ゾロアスター教は、日本人にはなじみの薄い宗教だが、シルクロードを通じてかなり大きな影響を日本文化に与えており、その可能性は十分にある。

このように考えてみると、お盆の成立には、ゾロアスター教、道教、仏教、日本の民間信仰とさまざまな宗教や民俗が混淆しており、歴史的に大変複雑な由来を持っている。しかし、実際のお盆というのは、親戚が集まり、先祖に感謝するというとても素朴な行事であって、難しい教義的な意味づけを要しないし、夏の一番暑い時に休むという合理的な目的もあり、日本社会によく合っている。

祖霊祭祀はもともとの仏教にはないとか、教義的純粋性をいいだすとお盆は仏教的には不純なのであるが、私はこういう民間信仰の素朴な行事は大切にすべきではないかと思う。だが、素朴であるだけにその内容は各地で異なり、鹿児島の場合、そうめんを食べるとか、大豆入りの味噌汁を飲むとかいろいろあるらしいが、全体像がよくわからない。それが受け継いでいくべき伝統なのかどうかすらわからないのだが、一度は伝統的な鹿児島のお盆を過ごしてみたいと思う。


【参考文献】
道教百話』 1989年、窪 徳忠
ゾロアスター教』 2008年、青木 健

4 件のコメント:

  1. おはようございます。
    今日は、風狂さんが解説されている盂蘭盆の入り。
    所で風狂さんにとって大浦はお父様の故地と言うことですが、ご両親はまだご健在と以前のブログから推察しましたが、ご両親以前の先祖のお墓などは大浦にあるのでしょうか。私の母も7年前に亡くなりましたが、大浦の在住ではありませんでしたが、当地の西福寺に父母とも納骨いたしました。
    お盆の3日間のうちには供養に行こうと思っています。

    人は現生に命ある人だけのつながりで生きるに非ず、彼岸に渡った人々を共に偲ぶことにより、兄弟、親類、縁者、知人友人のつながりも保たれて、さらに深まると思います。私も両親が、郷里近くの西福寺に眠っていなければ、今ほど郷里の山河を愛する気持ちも生まれなかったと思います。昨今、都会で暮らす子供たちが、郷里にある先祖のお墓を掘り上げて、自分たちの生活圏の中に移すことが多くなりましたが、やはり以後は郷里とはほとんど疎遠になるようです。

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    1. uncle farmerさん

      コメントありがとうございます。
      ご賢察のとおり、父母は健在で、鹿児島市内に住んでいます。父方の墓が大浦町の部落の墓地にありまして、その管理をするというのも移住した一つの目的です。
      墓は納骨堂に移せばよいというのは合理的ですし、何より大切なのは生きている人間の幸福ですので、墓の管理で頭を悩ますのは本末転倒と頭では思っているのですが、やはり、意外にこの非合理的な「墓の管理」というのは、人間にとって本質的なものを持っているような気もいたします。
      我が家は(当然?)西福寺の檀家ですし、曾祖父は檀家の総代もしていたようです。一度、お寺さんにもご挨拶に伺わないと…と思っていましたが、引っ越してきてから挨拶ができていません。お寺というのも、機会がないとなかなか足を運べないものです。

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  2. こんにちわ。度々お邪魔します。
    記事の中で、【大豆入りの味噌汁】とあるのに目が行きました。多分すでにご存じなのかもしれませんが、これは【ゴジル(五汁)】と言います。お盆でもこれを作る家庭は少なくなりましたかね。私の女房も鹿児島人ではありませんが、私の母や、姉などから教わり、今では毎年作っています。五汁ですが、コンブと揚げでだしを取り、具に、カボチャ、大豆、ナス、ミガシキ、ゴボウ、シイタケ、所によっては、里芋などを入れます。五汁どころか、七汁にも八汁にもなります。先人たちは多分にこの時期に体力をつけるため、栄養豊富なこのような具だくさんの汁を考え出したのでしょう。私も大好きですが、田舎の兄などはこれを食べないと盆じゃないとさえ言います。今年は大豆の質が良くなかったらしく、ちょっとイマイチみたいでしたが、今夜遊びに来る息子のお嫁さんにも教えようと張り切ってます。やはりこうして姑の熱意が、嫁へと伝統の味を伝承させていくのでしょう。

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  3. あ、書き忘れました。
    ゴジルとはネットなどを見ると、【呉汁】と、まさに風狂さんが言われるように、大豆入りの味噌汁のようなものが出ていますが、実際これとは全然異なります。私は母から、『5~6品の具を入れるから五汁と言うんだ』と教わりましたが、定説は定かではありません。でも何となくこちらの表記のほうがしっくりする汁です。一度ご近所で味わってみてください。きっと好きになられると思いますよ。

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