2014年8月29日金曜日

「柑」の誕生——柑橘の世界史(3)

既にたびたび書いてきたように、柑橘類というものは元々は甘くなかった。アッサム地方に発祥し、中国大陸へと渡ってきた柑橘類は、酸っぱいオレンジ(サワーオレンジ)たちであり、食用ではなく薬用または香り付けのためのものだった。

今あるような、甘いミカンやオレンジ(スウィートオレンジ)がいつどうやって誕生したのかはよくわかっていない。おそらく、酸っぱいミカン(ダイダイのようなもの)と文旦類の自然交雑か突然変異によって生まれたと考えられており、少なくともそれは紀元前450年より前のことだった。というのも、これも既に書いたが湖南省にある紀元前450年と推定されるお墓から、スウィートオレンジのものとみられる種が発見されているのである。

しかし、この甘くて美味しい新品種は、意外なことになかなか中国大陸に広まっていかなかった。その理由を理解するには、少しだけ柑橘類の性質について理解する必要がある。

柑橘類というのは遺伝的に非常に多様であって、形質が安定していない。例えば、ミカンを食べた時にその種を取っておいて、それを庭に植えたら同じようなミカンが穫れるかというと、普通は穫れない。元のミカンよりも酸っぱかったり、小さかったり、あるいは全然別のミカンになってしまうこともある。どうしてこうなるかというと、現在我々が利用している柑橘類は、様々な系統の柑橘を交雑し、交雑に交雑を重ねて作られたものだからである。

形質が安定していないことは、変化が大きいということだから、新品種を生みだす可能性もまた大きい。近年になって柑橘類は訳が分からなくなるほど新品種が開発・導入されているが、これは柑橘の巨大な多様性のお陰なのである。

それは古代中国においてもさほど変わらなかった。できたばかりのスウィートオレンジは遺伝的に安定せず、増やそうと思っても種からは増やせなかった。たくさんの種を取って、その中の一つから育てた木で甘い柑橘が穫れる、というような具合だっただろう。そのため、スウィートオレンジが長江流域に広がっていくには数世紀の時間を要した。

しかしその数世紀の間に、この新品種は膨大な数の交雑を経験したに違いない。そして生まれたたくさんのスウィートオレンジたちが、より美味しいものを求める人びとの手によって選抜されていった。それは意図せざる品種改良の数世紀だったのである。

ところで、そのような変異が大きい柑橘の木を元の形質を保ったまま増やしていくために、現代では「接ぎ木」という技術が使われる。接ぎ木というのは、別の植物の根っこ(台木)に、増やしたい植物の枝をくっつけて、一種のキメラ植物を作る技術である。植物には動物のような免疫機構がないので、別の植物にくっつけるという生体移植が容易に行えるのである。ちなみに、柑橘の台木にはカラタチ(枳)が使われることが多く、ほとんどの柑橘はカラタチの根を持っていることになる。

私たちが食べている普通の柑橘というのは、全てがこの接ぎ木によって増やされたものである。接ぎ木というのは一種のクローンだから、ある品種のミカンの木は全て、ある一本の木からコピーされたクローンというわけだ。

この「接ぎ木」、どうやら中国でもかなり古くから知られていたらしい。といってもいつから接ぎ木がなされていたのかは不明である。6世紀の記録に既に接ぎ木があるというから、少なくとも6世紀にはこの技術は一般化していたようだ。さらに推測すれば、中国古典において「橘」と「枳」が対応するものとして述べられていることを思い出すと、おそらくカラタチ台木を使った接ぎ木の技術は紀元前を遡るかもしれない。中国は、世界で最も古く接ぎ木の技術が発見された地域であろう。

この接ぎ木の技術が一般化することで、美味しい柑橘をならす木を効率的に増やすことができるようになった。それで、品種改良のスピードもアップし、生産量も拡大したに違いない。

さらにもう一つ、柑橘生産に役立つ栽培技術が紀元前後の中国で開発されている。それはいわゆるシトラス・アント(柑橘蟻)の利用である。私も小規模ながら柑橘を無農薬栽培しているが、柑橘の木というのは害虫にとても弱い。特に苗木の時は、農薬なしで育てるのは非常に難しいと思う。古代の柑橘はこれほど弱くなくても、農薬などない時代、やはり他の植物よりも育てるのが難しかったろう。

そのため、中国人はシトラス・アントという特殊な蟻を利用することを考えついた。これはツムギアリであると考えられているが、この蟻をあえて柑橘の木に棲みつかせることで、他の害虫を予防したのである。西暦304年に著された『南方草木状』には既にこの蟻が袋に詰められて柑橘栽培者へ向けて販売されていることが述べられており、これは世界で最も古い生物的防除の技術かもしれない。この技術は、それから1700年以上もの間、中国大陸において柑橘の害虫防除のために使われている。

こうした技術のお陰で、偶然によって生まれたスウィートオレンジは様々に品種改良され、また安定的に生産できるようになっていった。紀元後の数世紀で、中国大陸に世界最古の柑橘産業(citriculture)が成立するのである。そして、この新参者の甘いオレンジの一群を総称するものとして、中国人は「柑(かん)」——甘い木——という字を作り、与えたのであった。

【参考文献】
『Odessy of the Orange in China: Natural HIstory of the Citrus Fruits in China』1989年、William C. Cooper
『ダニによるダニ退治: カナダからアメリカへ』2001年、森樊須

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