2014年6月27日金曜日

「ペクチン」のお勉強

ペクチン―その科学と食品のテクスチャー (Food Technology)
唐突だが、どうしてジャムはドロリとしているのだろうか? ジャムの原料となる果物や砂糖はドロリとはしていないのに、ジャムがドロリとしているのはなぜなのか?

これには、ペクチンというものの化学反応が関係している。ジャムは、砂糖、ペクチン、酸の3つが適度な割合で存在していないとうまく固まらずドロリとならない。この3者の化学反応によって、元々はサラッとしている材料から、ドロリとしたジャムができるのである。

では、その反応は具体的にどのようなものなのだろうか。また、そのような反応が起きるのはなぜなのだろうか。そして、ジャムの食感を狙い通りに作るにはどうしたらよいのだろうか。そうしたことを知るには、ペクチンの物性を理解しなくてはならない。というわけで、『ペクチン―その科学と食品のテクスチャー』という本を読んで勉強したのでその内容を備忘を兼ねてまとめてみよう。

■ペクチンとは何か?

そもそも、ペクチンは植物の中でどのように存在し、どのような役割を果たしているのだろうか。

ところで、「ペクチン」という単語は「ペクチニン酸を主成分とする植物由来の多糖類の混合物」を指していて、物質自体の呼び名ではない。だから、「ペクチンの物性」というような言い方は少しおかしい。正確には、「ペクチニン酸の物性」と言わなくてはならないし、植物の中に存在する状態について述べる時は、「ペクチン質」という単語を用いるのが適切である。

で、ペクチン質が植物の中でどんな役割を果たしているのかというと、大雑把には細胞同士の接着剤と言える。ペクチン質は細胞壁と中葉組織(細胞と細胞の間)に存在していて、細胞と細胞をくっつける役割を持っている。

ペクチン質の主成分であるペクチニン酸は、細胞壁を構成するセルロースと同じような多糖類(糖類が鎖状に連なったもの)である。しかし、種々の点でペクチニン酸とセルロースは異なった性質を持つ。

第一に、セルロースは一度生成されると植物自身にもそれを分解する能力がないのに対し、ペクチニン酸には可逆的な生成機構がある。例えば、青い果実は硬く、熟すると軟らかくなるのはペクチン質が関係している。こうした植物の硬軟化が起こるのは、生成されたペクチニン酸が変化することによるのである。

第二に、セルロースはグルコースという糖だけを材料にした多糖類なのに対し、ペクチニン酸は主成分のガラクツロン酸(ガラクトースという糖が酸化されたもの)に加え、ラムノース、キシロース、ガラクトース、アラビノース、グルコースなど様々な糖を含む複合多糖類である。しかも、直鎖のみならず側鎖(枝分かれした部分)を持っていて、構造は遙かに複雑である。そのために、ペクチニン酸の正確な構造は現在においても解明されていない。そして、こうした複雑な構造があることから、一口にペクチンといってもその機能や性質は植物によって様々であり、リンゴのペクチンとカンキツのペクチンではかなりの違いがある。その違いが、いわばリンゴとカンキツの(特に煮たときの)食感の違いを生むわけだ。

つまり、ペクチン質は細胞間の接着剤として、植物の固さを制御する機能を持っているのである。これは、植物を食品としてみるとペクチン質がその食感を定めている、と言える。

■ペクチンの変化と食感の変化

ペクチンは植物の固さを制御しているから、同じ植物の果実でも、未熟な時と成熟した時、そして収穫後に追熟した時ではその組成が随分と変化する。一般に、ペクチニン酸を構成する糖類の組成がかなり変化し、徐々に水溶性のものへと変わってくことで果実が軟化していく。

では、植物組織を加熱すると(肉の場合とは逆に)軟化するのであるが、これもペクチンが関係しているのだろうか? 実はその通りで、加熱によりペクチン質が分解・変質して細胞間の接着がゆるみ、また細胞壁が薄くなることで軟化するのである。

このように、野菜や果物を茹でると軟らかくなる、というごく当たり前の現象の原因にペクチンが関与していることがわかったのは今世紀に入ってからで、本格的な研究が行われ出したのはようやく1940年代になってからである。

しかし、加熱による固さの変化というのは野菜・果物によってかなり違っている。茹ですぎると硬くなる野菜もあるし、一度硬くなってから軟らかくなる野菜もある。ペクチンは加熱によって単純に分解されていくのではなく、pHや溶液中のイオン、そしてペクチン質の組成そのもの次第で複雑な化学変化を伴うのである。そういうわけで、野菜・果物ごとにペクチン質が加熱によってどのように変化するかは未だ十分には分かっていない。

ただ、基本的にはペクチニン酸は加熱によって分解されていく。問題は、それがどのように分解されるかということだ。固さを保持して加熱したいこともあれば、逆にあまり加熱せずに軟らかくしたい時もある。食感を制御しながら加熱するにはどうしたらよいのか

その答えは植物次第であるから万能の答えはないが、実は、ペクチンはそのメチル化の程度によって加熱の崩壊度が著しく異なることがわかっている。例えば、完全に脱メチルしたカンキツのペクチンはpH6以上で長時間加熱してもペクチン分解を起こさないことが分かっている。つまり、長時間煮ても軟らかくならない。理論的には、ペクチンのメチル化度を調整することで加熱による軟化の影響を操作することができるのである。

これは、「予備加熱(pre-heating)」の基盤となる理論である。予備加熱というのは、植物起源の食品を60〜70℃の低温で長時間予め加熱しておくことで、その後の調理の加熱による軟化を防止する技術である。例えば、加熱殺菌が必要な保存食品の場合、殺菌の際の加熱でふにゃふにゃになりその食感が損なわれてしまうことがある。そういう場合、予備加熱をしておくことで、食感を損なわずに加熱殺菌ができるのである。

例えば、ニンジンを缶詰にするときには、76.7℃で予備加熱しておくとその後加熱してもその硬度が最もよく保持される。

予備加熱は、低温の加熱によってペクチニン酸を脱メチル化することで、その後の高温加熱による分解を阻害して食感を維持する技術なのである。

このように、ペクチン質はメチル化の程度によってかなり性質が異なる。ここで、「メチル化」ということの意味を少しだけ解説しておこう。ペクチン質の主成分、ペクチニン酸の枢要な素材はガラクツロン酸なわけだが、これはガラクトース(糖)が酸化したもので、カルボキシル基を持つ。ペクチニン酸とは、このカルボキシル基のうちいくつかが、メタノールによってエステル化(=メチル化)したものなのである。そして、カルボキシル基がどのくらいの割合でメチル化しているか(メトキシル含量)、ということがペクチンを分類する際の大きな指標となっている。

具体的には、メトキシル基が分子量で全体の何%に当たるかで分類されていて、全てのカルボキシル基がメチル化した場合の最大値が16.32%なので、その約半分の7%を境に、それより大きいペクチンが「高メトキシルペクチン(HMP)」、それより小さいペクチンが「低メトキシルペクチン(LMP)」と呼ばれている。

HMPはジャム、ゼリーなどの製造に用いられ、糖と酸の存在化で水素結合型のゲルを形成する。一方、LMPはカルシウムやマグネシウムなどの多価カチオンの存在下でイオン結合型のゲルを形成する。ただこのゲルは一般のゼリーなどとは異なっているので、普通のジャムなどには用いられない。LMPのゲルは固形料が少なくて済むことや広いpH領域があることで広範囲な利用が可能で、サラダやデザートの調製、食品の被覆(スプレー)、魚の冷凍ヤケの防止などに用いられる。

LMPのことはさておき、普通のジャムを作る材料であるHMPについてもう少し詳しく見てみよう。

■ジャムとペクチン

HMPがゲル化する過程はとても複雑で、ゲル形成を説明するのに種々の理論が提唱されていてまだ完全には解明されていない。とはいえ基本的な考え方は固まっていて、「負の親水コロイドであるペクチニン酸に、糖が脱水剤として作用し、水素イオンがペクチニン酸の負の電荷を減少させ、分子の凝集を促し、網目構造を形成する」というのが定説だ。一般に思われていることとは違い、ジャムの硬化はによる化学変化によって引き起こされるのではなく、物質の組み合わせに由来するのである。

つまり、ペクチンによってジャムを作るためには、脱水に十分な糖と、水素イオンが必要である。水素イオンはすなわちpHで表されるから、糖の濃度とpHの調製がジャム形成に不可欠である。具体的には、ゲル化には最低でも糖度55%以上、pH3.0程度の溶液を作ることが求められる。

pHは酸によって調整するが、pHは酸の濃度そのものでなく、遊離した水素イオンの濃度(の対数)であるから、酸の濃度を高めてもさほど影響が大きくは出ない。ということで、ジャムの強度(固さ)を決めるのは、大雑把にはペクチンと糖の量である。ジャムをパンなどに塗るのに十分な硬度にするには、だいたい糖度は65%くらいは必要である。

事実、1988年にJASが改正される前は、JAS規格ではジャムは糖度65%以上となっていた。それが、健康志向の高まりなどで低糖なものが求められるようになり、実際に65%未満のジャムが主流になってきたことから、現状に合わせる形でJASが改正され、現在の規格では40%以上ということになっている。

しかし、40%の糖度では普通には硬度が求められる水準に満たないことから、様々な添加物が用いられており、どっちが健康なんだかわからないような状況もある。

ところで、糖度が65%のジャムというと、水分が30%程度だとすると、水分と糖で95%なのでその内実はほとんど砂糖水である。ペクチン、酸、そして種々の成分はほとんど1%未満の微量成分ということになる。つまり、どんな種類のジャムであれ、その味はほとんど甘いだけのものだ。だが、酸味や苦みは舌がより鋭敏に感じるので、実はそういう微量成分が大事である。さらに、味覚には直接関与しない香り成分がジャムの味を左右していて、ジャムの味というのは、1%未満の成分をどう調整するかという非常に微妙なところで決まっているのである。

■ジュースとペクチン

最後に、ペクチンのもう一つの重要な側面について触れる。それは、果汁の清澄化である。リンゴの果汁を搾ると白濁したジュースができるが、市販のリンゴジュースは澄んでいて白濁していないものがある。これはどうやって清澄化しているのだろうか。

実はこれがペクチンの操作による。ペクチンはコロイドとして果汁中に存在しているから溶液が濁ったように見えるが、このペクチンを分解してやると透き通ったジュースができるわけだ。ではどうやって分解するかということになる。

加熱してもペクチンを分解することができるが、高温が必要なのでジュースが変質してしまう。低温でペクチンを分解するにはどうしたらよいか。

さて、最初の方で触れたように、植物内でペクチンは生成だけでなく分解もされるので、このため植物内にはペクチンの分解酵素がある。この分解酵素を用いてペクチンを分解すればジュースを清澄化することができるのである。

具体的には、工業的にはポリガラクツロナーゼというものが使われている。植物内にもあるが、工業的には微生物培養したものが使用されている。その他、ペクチンの分解酵素にはいろいろなものがあり、これらを調整することによって食品の食感を変えることもできるのである。例えば、粘度の高い果汁に分解酵素を作用させることで、サラッとしたジュースを作ることができる、といった具合である。

ペクチンは、食品の味ではなくて食感を左右するという面白い物質である。しかし、構造が複雑であることや、結晶化などによって純粋なペクチニン酸を取り出せないこともあって、それがどのように食感を左右し、そしてそれをどうやって人間が操作できるか、ということがまだまだ各論レベルではわかっていない。とはいえ、最終的に美味しい食品ができればその化学変化などはある意味どうでもいい。無添加で低糖なジャムを身の回りの食材だけを使って作るにはどうしたらよいのか、そういう単純なことを知るために、少しでも役立ったらよいのである。

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