2017年7月25日火曜日

美しく剪定されたイヌマキが一本残らず…

南薩の柑橘農家にとって、防風垣は単なる風除け以上のものである。

柑橘の篤農家は、圃場の外郭に沿って植えられ、美しく剪定されたイヌマキの防風垣を誇りとしていて、柑橘の樹そのものと同じくらい、イヌマキに愛情を注いでいる人も多い。

入念に管理されたイヌマキは、まるでフランス式庭園の一部であるかのように優雅であって、機能と美の両方を兼ね備えている。

そんなイヌマキが、今、危機に瀕している。

この夏、イヌマキを食害するキオビエダシャクという害虫が大発生しているのである。

笠沙町の赤生木(あこうぎ)というところ、私の柑橘園の近くに、まさにフランス式庭園的な立派な曲線美のイヌマキで囲われたポンカン園があって、どなたの園なのかは知らないが、いつもその管理の見事さに頭が下がる思いがしていた。

ところがこの夏、この立派なイヌマキたちが、文字通り1本残らず、突如としてキオビエダシャクに食い尽くされて、枯れてしまったのである。一体全体、何が起こったのか私にも分からない。枯れてしまうほど食害を受けているイヌマキはたくさんあるが、一つの圃場全体が一気に枯れてしまうなんて、ちょっと普通ではない。

園主の方の落胆を思うと、ゾッとするくらいである。このようなイヌマキの防風垣をつくり上げるには、どんなに早くても10年はかかるし、おそらくこの園は30年以上かけて立派に育て上げ、 管理に管理を重ねてきたはずだ。それが、一夜…というには大げさにしても、ほんの数日で全部枯れてしまったのだから。

農薬を散布しなかった園主が悪いと言われればそれまでかもしれないが、いろいろ事情があったのだろう。例えば入院とか、慶事弔事とか。まさか数日圃場を離れただけで、イヌマキが潰滅するとは思わない。

それくらい、今年のキオビエダシャクは強烈である。少なくとも私がこちらに引っ越してきてからはダントツにすごい年である。

元々、このキオビエダシャクという蛾、南西諸島以南に棲息していたものだそうだ。それが温暖化によるものと思われるが、どんどん生息域が北上し、いまでは南九州にまで定着してしまった。

南西諸島でも、キオビエダシャクが発生すると天敵らしい天敵もないため、島のイヌマキが絶滅するまで大発生したらしい。そして、島にイヌマキがなくなってしまうとキオビエダシャクもいなくなり、被害が忘れられた頃にまた人がイヌマキを植えだし…というサイクルがあったのではないかと推測されている。天敵がいないことを考えると、恐らくは南西諸島にとっても外来種であり、台湾や東南アジアが原産地であると思われる。

このように強烈な害虫であるが、今のところ防除の手立ては発生箇所に農薬を散布するという対処療法的な手段しかない。それに、いくらイヌマキの大害虫とはいっても、せいぜい庭木が枯れる程度のことと思われているのか、行政も学界も、本腰を入れて動く気配はない。せいぜい、防除のための薬剤購入に補助を出すくらいである。世間ではヒアリという強烈な毒を持つ外来のアリが話題になっているが、キオビエダシャクは具体的な被害が既にたくさん出ているにも関わらず、ほとんどマトモに取り上げられていないようだ。

こういう時こそ、応用昆虫学の出番だ、と私は思う。「応用昆虫学」というのは、要するに害虫について学ぶ学問である。最近は、「害中学」みたいなもっと直截的な名前でも呼ばれる。

この応用昆虫学の知見に基づいて、ただ農薬を散布してやっつけようというだけでなく、大規模に効果的に防除する方法を確立すべきだ。なにより、キオビエダシャクの原産国での生態や天敵を調べて、この昆虫をより理解するということから始めなくてはいけない。

であるにも関わらず、応用昆虫学みたいな地味な研究分野は、等閑に付されてきたきらいがある。地元の鹿児島大学ではどうだろう。研究室に人が集まらない、なんてことがあるのではないかと心配だ。こういう分野の就職先は、県の農業普及員とか、農大の先生とかがメインになるだろうが、どちらも定員を削られてきた職域ではないか。学生が敬遠しがちになるのも当然だ。

学問は、社会の役に立つためにあるのではないが、イザという時には社会を救う「蜘蛛の糸」になりうる。その糸が天上から降りてこなければ、南薩のイヌマキは絶滅してしまうかもしれないのである。

【参考】
南西諸島のキオビエダシャク」森林総合研究所九州支所 定期刊行物「九州の森と林業」第8号 平成元年、吉田 成章

2 件のコメント:

  1. 鹿児島市のわが家の庭のイヌマキにも、来ています。かなり葉っぱが食い荒らされていました。ニコフリとしては、農薬を使いたくなく、ほうきで払い落して、駆除しています。最初は、割りばしで取っていたのですが、時間がかかるのと、隠れているのも結構いて、ほうきで揺さぶったり、掃ったりする方が、早いです。十分、落としたつもりでも、翌朝には、まだいて、数日繰り返しました。 でもしばらくすると、また小さいやつが出始めますので、結構根気のいる作業です。

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    1. Hiroさん、お互い大変ですね! 海が近ければ、海水を30倍くらいに薄めたものを撒布すると、農薬のようには効きませんが、幼虫が小さいうちならちょっと効果ありますよ。30倍というのは私が前撒布していた濃度ですけど、いろいろ実験してみて最も効果的な希釈倍数を調べてもいいかもしれません。

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