2015年5月21日木曜日

EUにおける農協の立ち位置——農協小考(その2)

農協の市場シェア(濃い色がシェア高)同報告書より
2012年、EUは「農家組合への支援(Support for Farmers' Cooperatives)」という報告書を出した(邦訳は『EUの農協—役割と支援策』)。EU加盟国の農協の活動状況をまとめたもので、農協に関するEU横断的な調査としては初めてのものだという。EUにおける農協の立ち位置というものに興味を持って、これを斜め読みしてみた。

内容に立ち入る前に、なぜ今になってEUが農協に注目するのか? ということについて触れておきたい。この報告書ではこうした調査が行われる背景については簡単にしか述べていないが、少し邪推するとこうだ。

実は一昔前まで、EUの予算の2/3くらいは農業補助金だった。EUは巨大な自由貿易圏を構築したが、TPPが特に農業分野で喧しい議論を惹起しているごとく、自由貿易によって農業はとても大きな影響を受ける。そこで自由貿易圏の構築と歩調を合わせて農業への手厚い保護政策が実施されたのである。

しかし保護政策は一時的なものであるべきだ。なぜなら、いつまでも保護を続けるならば自由貿易の意味がないからである。そういうわけで、農業補助金の割合は漸次減らされてきて、今では30%くらいになっているはずである。

しかもEUが中東欧にまで拡大して農業保護の意味合いも変わってきた。EUを一つの経済圏として見た時、農業従事者は約5%もいて耕地面積は1億8000万ha以上もあるのである。EUにとって農業は保護すべきマイノリティではなくて、中心的で巨大な産業になってきた。

一方で中東欧勢の参加は、農業における域内の生産性格差の問題をも生んでいる。オランダやフランスといった高生産性の農業国と、ルーマニアのような弱い農業の国が同じ土俵で競争しなくてはならないというのは大変なことである。

そういうわけで、EUとしては域内の農業の均衡ある成長をしてもらいたいという希望があるのだと思う(でないといつまでも農業補助金が減らない)。その期待の表れとしてこのような報告書を出して、各国の政策担当者へ「組合への支援で農業を強くしましょう」というメッセージを送っているのだと思う。

というわけで、日本では農協というと時代遅れで非効率的なものというイメージがあるが、EUは農協(農家組合)を農業の競争力強化における重要な役割を果たすものと捉えており、農家には農協の設立を強く勧奨している。事実強い農業国である域内先進国では農協のシェアが大きい傾向があり、後進的な地域で農協の存在感は小さい(我々のイメージとは逆かもしれない)。実は、農協という存在は先進国的なものなのである。

もちろん一言に農協といっても、EUにおける農協と日本の農協はかなり違う。一番大きな違いは日本の農協が「総合農協」であるということである。「総合農協」というのは、肥料や資材の購買、共済、銀行機能、農産物の流通など、農家の生活全般の事業を取り扱う農協のことである。EUにおける農協は、そうした機能毎に個別化しているのはもちろん、取り扱う農産物毎にも分かれていることが多い。例えば、畜産の組合、野菜の組合、といったようなことだ。

そしてもう一つ大きい違いは、日本の農協は全国の農協が全中を頂点とするヒエラルキー組織によって統合されているのに比べ、EUではそうした連合組織は国毎にあったりなかったりで、さほど中央集権的ではないということである。

ただ、EU域内には27カ国もあるわけで、その内実はかなり多様である。日本との違いも大きいが、域内27カ国ごとの違いもまた大きい。何しろ旧社会主義国の場合は集団農場の残滓などもあって全く状況が異なる。だからこういう調査を見る場合、違いよりも共通性を見る方が有益だ。

さてその内容は、(1)域内における農協の現状、(2)組織運営(internal governance)の実態、(3)フード・チェインにおける農協の役割の考察、(4)国際的に活動している農協、(5)中東欧の国における農協の現状、(6)農村発展における農協の役割、(9)法制度および支援策、(10)競争力の問題、(11)提言、である(目次通りではありません)。

具体的な内容をいちいち説明するのは辞めて、興味深かった点について二三述べたい。

まず、本報告書は「農家組合への支援」を銘打っており、加盟国(特に農協が未整備な中東欧国)へ向けて「農協を支援して農業を強化しましょう」というスタンスであるにもかかわらず、正直に「公的な支援の有無と農協のパフォーマンスにははっきりとした関係はありませんでした」と明言しているところである。

では農協のパフォーマンスと最も強い相関があるのは何かというと、それは組織運営だそうだ。「我々の研究によると、理事会構成に関する専門的な構造やポリシー、組合員のインセンティブは農協のパフォーマンスに影響する。[一人一票制ではない]比例配分票(Proportional voting right)、プロフェッショナル・マネジメント、外部による監督、地縁ではなく専門性や生産物に基づいてリーダーを選ぶこと、こうしたものは全て農協のパフォーマンスによい効果を与える」(訳が生硬ですいません…)

また、「多くの農協で、マネジメントや監督には改善の余地がある」としており、EUの農協も経営が万全というところばかりではなさそうである。さらに、「政策担当者は、理事や経営者を組合員がチェックする機構についてより注意を払うべきだ」としていて、農協の組合員が経営に関与しなくなる傾向は日本と共通のものがあるようだ。

こうしたことからの当然の帰結かもしれないが、小規模で組合員一人ひとりの関与が大きい農協の方がパフォーマンスがよいとのこと。実際、EUには小規模農協が多く、日本でいうところの村落単位くらいの農協が普通のようである。

だが一方で、最近の流通環境の変化はこうした農協にも変革を促している。特に国際的に活動する小売りの力が大きくなってきたことで、従来の小規模農協は交渉力が小さく不利な状況になりつつある。そのため最近ではEUでも農協の合併(特に国境をまたいだ合併!)が盛んになってきた。そこで本報告書でも、そうした合併への支援策が求められているとしている。

ここは少々矛盾を感じるところで、経営としては組合員が連帯意識を感じられるような小規模のものがよいとしながらも、実際の流通環境の中では大規模化せざるを得ないというところに難しさがある。

また、農協の設立・成長にとって必要なものは「リーダーシップと人的資源」であるとしているところも日本と状況が全く同じである。「それには、社会的・経済的な能力、また組織運営の能力と、組織の成長のために使える十分な時間と余力が必要である。農協の設立後は、組合員もリーダーも、高度化(professionalisation)に十分に気を使うべきだ」

こういう調子で、この報告書は単なる現状報告を超えて、いわば「農協の経営学」とでもいいたいような内容を持っている。

本報告書を読むと、農協にまつわる問題は日本とEUで共通している部分が大きいと感じるし、その目指す姿も意外と近いと思う。EU(の先進国)の農業は、とかく成功モデルとして語られることが多く、その紹介も「出羽の守」的になりがちだ。しかしそれを無闇に称讃するのではなく同じ課題を共有する仲間として比較してみれば、日本の農協の長所短所が見えてくるし、改革によって目指すべきものがなんなのかも見えてくるのではないかと思う。

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