吹上浜海浜公園の隣に、「松鳴館」と名付けられた萬世酒造の瀟洒な建物がある。ここには醸造の展示施設が併設されているのだが、実は絵画も展示されているらしいと聞いて見に行ってみた。
しかし、同社のWEBサイトにもほとんど情報がないこともあり、「どうせ焼酎ブームの頃に社長が趣味で買い集めた適当な絵が、脈絡なく飾ってあるんじゃないの? 瀟洒な建物は税金対策では?」などと不遜な考えで行ったのだが、これはとても真面目な展示である。
醸造の展示は今時珍しくもないが、感心したのは絵画だ。ここに展示されているのは、野崎耕二さんという方が万世の昔を描いた作品群。萬世酒造が吹上浜海浜公園の隣の旧自動車学校跡地に移転してきたのは2005年で、それまでは万世小学校の近くにあった。野崎さんは、この昔の萬世酒造の3軒となりの家に生まれたらしく、小さな頃は焼酎の量り売りを買いに行かされたという。
野崎さんは1937年生まれ。万世小学校、万世中学校を卒業し、薩南工業に進んだ。1957年に上京し、やがてイラストレータとして独立したが、1983年に筋ジストロフィーと診断されたことをきっかけに「一日一絵」を描き始め、30年近く続いている(現在も続いているのかは不明)。
この野崎さんは、現在は千葉に在住であるが、自分が小さい頃に過ごした万世を思い起こし、素朴なタッチで戦中戦後の日常生活を描いた作品を多く製作している。その作品群がこの萬世酒造に展示されているわけで、描かれているのは何気ない昔の風景に過ぎないが、逆に今では失われ忘れられたものであり、貴重な歴史の資料である。
また、絵に添えられた短文がいい味を出していて、素朴な絵をいっそう素朴な気持ちで見ることができる。万世出身のある年代以上の人がご覧になったら、きっと「ああ、こんな時代だったなあ」と懐かしがること必至である。今回はフラリと寄ったのでじっくりと見る時間がなかったが、いつか一枚一枚をちゃんと見てみたいと思う。
どうしてこういう展示施設を作ろうと思ったのかは分からないが、「万世(萬世)」の名を掲げる萬世酒造なだけに、地元の古い風景を大事にしようと思ったのだろうし、野崎さんの仕事をしっかりと残していこうという使命感のようなものを持ったのかもしれない。絵画の展示スペースは決して大きくないが、真摯さを感じる展示であった。
一方、瀟洒な建物の方は、なんだか大正ロマン風の贅沢な造りで、こちらは本当に税金対策で作られたものかもしれない。展示施設の案内の方に聞くと、「詳しい経緯は知らないが、萬世酒造は薩摩酒造の子会社なので、薩摩酒造の考えでこうした施設にしたのでは」とのことだった。言われてみると、枕崎の薩摩酒造のハデな建物(明治蔵)と相通じるものがあるような気もする。
ちなみに、この松鳴館でしか買えない焼酎があって、それは2006年秋季全国酒類コンクール本格焼酎部門総合1位を獲得した「萬世松鳴館」である。せっかくなので、私はアルコールは飲まないがこいつの原酒(アルコール度37度)を買って帰った。
ここはWEBにもパンフレット等にもその情報は少なく、なぜか萬世酒造自身があまり広報していないが、万世出身の方は何かの機会に寄ってみて損はないと思う。松籟(しょうらい)の響く地に、万世の古い記憶が静かに展示されている。
【情報】
薩摩萬世 松鳴館
南さつま市加世田高橋1940-25
TEL: 0993(52)0648
見学/9時-16時(休館:第3日曜日、年末年始(12/30-1/2))
※見学は年中可能。ただし、焼酎製造の時期は9月中旬-12月初旬
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