2016年4月23日土曜日

ホンモノレトロな村田旅館がステキにリニューアル

以前ブログ記事で紹介した村田旅館。改装されたと聞いていたが、どうなっているのかずっと気になっていた。

【参考】ホンモノレトロな村田旅館が素晴らしい

改装で素晴らしい部分がなくなってしまって、機能的でオシャレだがどこにでもある施設になってしまわないかと心配していたのである。というわけで、先日、用事で村田旅館を訪れた折り、少しだけ改装箇所を確認してきた。

一番心配していたのは、冒頭写真の洗面所のタイルである。ここが残っていて本当によかった!

昔の手洗い場のタイルはこういうデザインが多かったが、今では全く絶えてしまった様式である。我が家も改装前、お風呂の手洗い場(お風呂の中に手洗い場があったのです)はこれ式のタイルだった。丸っこい小石みたいなのが敷き詰められた感じのこのタイル(と呼んでいいのか)、本当に好きだ。5分くらい眺めていても飽きない。

それから、メインの洗面所の流し台のタイルも残っていてなにより。

ここの流し台のデザインはとても瀟洒で、あか抜けている。昔はこういうデザインの流し台が流行ったんだろうか。寡聞にして知らない。質感もとてもよく、キレイに掃除するのが生きがいにでもなりそうな、そういう流し台である。

ちなみに、細かいことだがここの電灯のスイッチが昭和なやつなのもよかった。本当は、電灯がもっと薄暗かったらなお雰囲気が出ると思う(当日、ちゃんとしたカメラを持っていなかったので写真がイマイチですいません)。

私が水回りばかり気にしているのは、立派な梁とか階段の手すりのような構造・意匠はどこでも残りやすいのだが、水回りは真っ先に改装される部分であるためなかなかホンモノのレトロが残らないためである。水回りを昔ながらに残していくためには、丁寧なメンテナンスが求められる。つまり村田旅館の洗面所のタイルがちゃんと残っているのは、維持管理の丁寧さの現れだと思う。

といっても、女性にとっては「やっぱウォシュレットがあった方が…」とか「薄暗い洗面所だと化粧がしにくい」といった事情はあるだろう。

そういう声を考慮してか、村田旅館でもトイレはそれなりに改装されており(でもやっぱりタイルはそのままだった。立派)、特に手洗いの流しが変わっていたようだ(男性用だけしか見ていないので女性用はどのようになっているかわかりません)。

そして安心したのは、その前の鏡! 昔からある広告入りの鏡がちゃんとそこにあるではないか。「御菓子の小田屋」(地元の老舗和菓子店)の広告が入った鏡である。前も書いたが私はこういう広告入り鏡が好きで、改装後も見たところ広告入り鏡がほぼそのままになっていたのには安堵した(ただし、場所が変わっていたものがありました)。

ちなみに、なぜ昔の鏡には広告が入っていたのかというと、昔は鏡がかなりの高級品であったために、おいそれと鏡を購入するということができず、スポンサーを募って鏡を買っていたのの名残のようである(推測)。この「御菓子の小田屋」の鏡が設置された頃は既に鏡は高級品というほどでもなかったと思うが、鏡に広告を入れる文化がまだ残っていたのだろう。この頃(おそらく昭和50年代?)までは、店舗の新築・改装などの時に御祝いの品として鏡を送るという文化もあったように思われる。

なお、お風呂がどうなっているのかが気になるところだが、宿泊で行ったわけではないのでさすがに見に行くのが憚られ確認していない。ただし、かなり工事をしてキレイになったらしいということは聞いた。

改装は、全体として壁紙の張り替えや建具の入れ替えなど内装関係が中心で、構造的な部分にはほとんど手をつけていないようだ。入り口すぐにある2階への急な階段(この階段がまたすごくいい感じ)などもそのままになっており、これもよかったところである。

逆に言うと、各所の段差などもそのままであるため、バリアフリー対応の面では遅れていると言わざるを得ないが、バリアフリーだがつまらない旅館より、バリアフリーでなくても味のある旅館に泊まりたいという人はたくさんいるのだから、今後も無理にこの建築物の構造を変える必要はないと思う(※)。

客室の中はほとんど見ていないが、今回の改装は、改めるべきを改め、守るべきは守ったような気がしている。欲を言えばあまりキレイにならないようにしたらもっとよかったと思うが、ちょっと使い古された感がある方がよいというのは私の偏った好みで、普通はキレイな方が好まれるわけだから、お客さんの目線に立った改装だと思う。

ところで、今回は宴会利用で村田旅館を訪れたのだが、宴会料理も処理が丁寧で全て美味しくいただいた。宴会料理は大量に作るのでどうしても手抜きになりがちだが、ここはレトロ関係なく料理が本当に美味しい。たくさん余ったので包んでもらい、家でも美味しくいただいた。

というわけで、ホンモノレトロな村田旅館は健在である!


※バリアフリー法によって、旅館はバリアフリーに努めないといけないとされているが、あくまで努力義務である。

2016年4月21日木曜日

花と情緒

大浦の玄関口「くじらの眠る丘」では、芝桜が満開である(でももう盛りは過ぎた感じ)。

この芝桜がどうしてここに植えられたのかは知らない。地域の要望があったわけでもないようだ。植えられた時は、(工事に随分とお金がかかったようなので)芝桜を植える予算があるんなら、別のことに使った方がいいような…と思っていたが、こうして花が満開になってみると、なかなか悪くない風景である(でも、以前の芝生もそれはそれでよかったと思う)。


せっかくこうしてキレイな芝桜の風景が出現したので、これを活かして何かしてもいいかもしれない。

隣にある大浦ふるさとくじら館(物産館)で物販イベントをしたらどうかと思ったが、この時期にはちょうどめぼしい農産物がなく、また春先ということで農家も春作の準備で忙しい。その上、3月半ばには「たんかん祭り」が開催されているのでイベント後ということもあり、「くじら館」全体の物販イベントを企画するのは難しいかもしれない。

でも満開の花があると、自然とそこに人は集まってくるものだ。最近は、ひねた(?)地域おこしなんかより、花を植える方がよっぽど効果があるという話もある。

例えば、お隣の川辺に大久保集落という所があって、毎年晩秋に一面のヒマワリを咲かせている。ここは川辺の山の中にあり、見るべきものはヒマワリ以外何もないのだが、季節になるとけっこう大勢のお客さんが訪れる。ただヒマワリを見るだけのために。かくいう私も昨年子ども2人を連れて行った。

もうその頃はヒマワリも終わりの頃だったが、多くの車が路駐してあり(駐車場らしきものがない)、たくさんの人たちがヒマワリの中で写真を撮っていた。だが、そこで何かを売っているとかそういうことはなくて、基本的にはただヒマワリを見て帰るだけのところである(盛りの頃は何かしているのかもしれません)。

要するにこれは、ヒマワリで客寄せして何かしようということではなく、ここへ来てもらってヒマワリを見てもらうだけでいい、というような活動らしい。なぜ大久保集落がこのような奉仕活動をしているのかは知らない。種代や圃場準備のための燃料代もバカにならないと思うが、基本的には持ち出しで活動しているようだ。でも結果的に、これは「地域おこし」になっていると思う。

ヒマワリを植えるという、たったそれだけのことで、「地域おこし」になるのである。お金にはならなくても、来なかったはずの人がそこへ訪れ、出会う、というだけでも素晴らしいことであるし、ステキな風景を作るために地域の人が協力するということ自体が、既に「地域おこし」だろう。

いや、それどころか、特産品づくり、観光振興、地域のブランド化、箱物整備、ゆるキャラといったありがちな「地域おこし」よりも、こちらの方がずっとよいのではないかとすら思う。大久保のヒマワリは経済効果という点ではほぼゼロだと思うので、経済至上主義的地域おこし(結局はお金儲けにならないと意味ない、という立場)からは評価されないと思うが、地域に住む人が元気になるだけでも十分に意味がある。

……ところで、以前書いたように今年は「風景」についていろいろ考えている。もちろん「花のある風景」についても。

例えば、どうして花畑を見ると人は元気になるのか? というようなことだ。

打ちひしがれている人を少しでも元気づけるというのは、本当に難しいことで、千言万語をつくして励ましても、気が滅入っている人を笑顔にさせるのは普通できない。むしろ、千言万語をつくすほど、元気づけることから遠ざかるような気さえする。

今、熊本・大分の被災地には精神的に辛い人がたくさんいると思う。近親の方を亡くしたり、地震の恐怖に怯えたり。悲しみと恐怖、不安と絶望。被災して何もかも奪われるということは、途方もない精神的負担を強いられる。

それで、最近は被災者の精神的ケアということがいわれるようになって、例えば東日本大震災の時は「傾聴ボランティア」というものが実践された。これは、「被災者の気持ちをとにかく聞いてあげる」というような活動で、辛いことでも人に話すとちょっとは楽になるということから行われたものだ。

しかし本当に辛い時にはなかなか人に心を開けないもので、カウンセリング(心理療法)などにおいても、具体的なアドバイスより、クライアント(患者)に心を開いてもらう「聞く」技術の方が難しい。バーバル・コミュニケーション(言葉によるコミュニケーション)は理屈的なものを解決していくには適しているが、情緒的な問題を扱うにはあまりに生硬すぎて遠回りな問題解決しかできない面がある。

では、花はどうか? 滅入っている人が、一面の花畑を見たら?

広島の世羅高原というところは花と果樹で有名で、菜の花と菊桃のすごい観光農園があるそうだ(私は行ったことない)。そこでは「挫折した人生をもう一度やり直してみる」と泣く人がいたり、仕事を辞めようと思っていた人が思い直したり、ただキレイというだけでなく人の心まで変わるようなところらしい(少し誇張はあるでしょうが)。

風景には人の心を変える力が確かにあるのだ。

「挫折した人生をもう一度やり直してみる」という人は、どうして花畑を見ただけで気持ちが切り替わったのか。これはよく考えてみないといけない問題である。心理療法の理論では、気が滅入った状態にある人がそれから回復するためには、おおよそ(1)問題の自覚、(2)混乱した状態を解きほぐし、個別の問題に分割、(3)それぞれの問題への対処・気持ちの整理、というような道筋を辿る必要がある。カウンセラーは、クライアントの話を聞きながら問題の本質に迫り、その根本原因が解決するように導いていく。しかし、風景による心の癒しは、そういうものとは全く違う。

問題を解決させるとか、そういうことは全くないのに、なぜか心が癒され、気持ちが整理されるのが風景である。もちろん、万人に通用するわけではない。同じ風景でも、ある人にとってはなつかしい故郷の風景で、ある人にとっては縁もゆかりもないただの地方都市の風景であったりするわけで、同じように花畑を見ても何も感じない人もいる。

しかし、東日本大震災の時に「奇跡の一本松」がどれほどの人に希望を与えたのか、ということを思い起こしてみよう。一本の松には、実利的な価値はほとんどない。一本松の保全なんかにお金をかけるなら、もっと他の実用的なものにお金を使ったらどうかと思った人もいるだろう。だが、ある種の植物は象徴的な価値を持ち、人の情緒を代弁することがある。特に松は、擬人化されたり気持ちが託されたりしやすい植物だ(たぶん、一本残ったのが杉や檜だったらああはならなかっただろう)。

一方、花は情緒を伝える性格を持つ植物で、花が贈り物になるのはそのせいだ。だが、「一面の花畑」には一つ一つの花とはまた違った性格があるようで、私にもそれははっきりとはわからないが、「普段の生活をしばし忘れ、あるがままの自分を回復させる」とでもいいたいような機能があるように思う。だから、「人生をもう一度やり直してみる」という気持ちの変化が起こるのではないだろうか。

今から考えると、東日本大震災の時の復興支援ソングが「花は咲く」だったのは象徴的である。「心の復興」というのは、「家が建つ」でも「街が活気づく」でも十分ではない。もちろんそういったものは絶対必要で、それがないと復興とはいえない。だが、その上で「花が咲く」までいかなくては人間の復興にならないのかもしれない。

これから、熊本・大分の人たちは長い復興の道のりを歩かなくてはならない。今は緊急的に必要なものすらない状態で、花についてどうこう言うタイミングではないと思う。

でも、被災した人たちに早く「花が咲く」よう祈っています。

2016年4月9日土曜日

アボカドオイルを搾った話

以前ちょっとだけ書いたことがあるとおり、私の住んでいる集落は「共生・協働のむらづくり活性化事業」に昨年度まで取り組んでいた。

それで、その活動の一環として、私は農産加工品の試作をすることを命ぜられていた。去年集落でアボカドの苗を40本くらい植えたので、そのアボカドの収穫を見込んで、特にアボカドを利用した加工品を検討してはどうかと言われていた。

それならば、ということで、先日、以前から自分としても興味があったアボカドオイルの搾油に取り組んでみたので、参考までにその次第をここに書いておく。

アボカドオイルというのは、アボカドの果肉を搾って取った油のことである。ゴマ油にしろ菜種油にしろ普通の油というのは種から搾るものだが、その例外がアボカドとオリーブで、これらは果肉を搾って油を採る。果肉を搾ったものは普通「果汁」と呼ばれるわけだから、これらのオイルは果汁から採れる油なのである。

このアボカドオイル、最近健康によいとか美容によいとかでずいぶん注目を集めており、ネットで検索すると記事がたくさん出てくる。自分自身ではアボカドオイルを使ったことがないので効果がどれほどのものなのか分からないが、不飽和脂肪酸の含有量の高さなどがオリーブオイルと近いということで、少なくともオリーブオイル程度の健康オイルではあるらしい。

ちなみに、アボカドオイルのもう一つの特徴は沸点がかなり高いこと(250℃くらい)であり、カラッとした揚げ物に向いているそうである(でも値段が高いので実際には揚げ物には使えない)。

アボカド自体が日本でもかなり市民権を得てきて、この辺境の地(大浦)でもスーパーにアボカドが売っているくらいだから、次はこのアボカドオイルが絶賛注目中なのだ。

とまあ、そんなアボカドオイルを商品化できたら、独特な特産品になるかもしれないということで、アボカドオイルの搾油に取り組んだわけである。

さて、先ほど書いたように、アボカドオイルはその果肉から搾る油なので、最初はオリーブオイル方式で搾油してみようかと思っていた。 つまり、果肉をミキサーにかけて揉み揉みし、出てきた果汁に浮いてきた上澄みの油をとるやり方である(あくまで家庭用のやり方)。

しかし、九電工が熊本の天草でやっている「天草オリーブ園」というところでオリーブオイルの搾油を一度体験したことがあって、 この方法もかなり非効率的であることがわかっていたので、やはり圧力をかけて搾油するほうが簡単なのではないかと思い、今回は果肉を乾燥させてから圧搾する方法でやってみた。

つまり、オリーブオイル方式だと「果肉→果汁・カス→水分・油」と分離して油を採るわけだが、まず果肉を切ってよく乾燥させれば、果肉→(水分乾燥)→カス・油となり、分離する手間が省けるのではないかと目論んだのである。

実際、アボカドの果肉をスライスして乾燥させたら冒頭写真のようになって、もうそのままで油が採れそうな感じになった。写真だとしっとりした感じに見えるが、実際はカラカラに乾燥していて、濡れているように見えるのは浮いてきた油でギトギト・ヌメヌメしているからである。

これを、PITEBA(ピテバ)という機械を使って搾油した。PITEBAは途上国の農家の自立支援のために作られているらしい簡易的な搾油機である。本当はちゃんとした搾油機を使いたかったが、ちゃんとした搾油機は少なくとも10万円以上はするので予算の関係から簡易的なもので我慢することにしたわけだ。

↓PITEBAはこんな感じ。


結果は、正直言ってほとんど搾れなかった。この機械はあくまで種から油を搾る機械で、ちゃんと注意書きにも「オリーブオイルは搾れません」と書いており、果肉を搾ることは想定されていないのである。乾燥させたら大丈夫かなと思ったが、乾燥させてもブヨブヨした果肉はなかなか機械に入っていかず、入っていっても先端のスクリュー部分でうまく圧力が掛からない。

圧力が掛からないから、油がかなり含有された状態でカスが排出されてしまい、無駄が多い。そもそもアボカドに含有されている油分が多いから、それでもそれなりに搾れたが、搾油率は50%以下だったと思う。

採れたアボカドオイル(濾す前)はこんな感じである。香りが独特で、油というより草っぽい香りがする。上質なオリーブオイルも草っぽい香りがするものだが、やはり同じ果汁系オイルであるだけに質感が近いと思った。

また、色もエメラルドグリーン(写真だとちょっとわかりにくいですが)で、オイルっぽくない(葉緑素が溶けているためらしい)。これを濾紙で濾してみると黄色っぽくなって普通のオイルの色に近くなったが、濾す前の方がアボカドっぽくてキレイかもしれない。

しかし、10個のアボカドから採れた油が100gにも満たないくらいだったので、ちょっと搾油の実験としては失敗である。果肉を乾燥させてから搾るにしても、やはりジャッキ式でちゃんと10tくらいの圧力が掛けられるようにしないと搾油率が低すぎて商業的には難しい。

また、オリーブの場合は(抗酸化オイルとか謳ってる割に不思議なのだが)収穫後24時間以内に搾油しないと品質が劣化するとか言っているのに、アボカドの果肉を(今回の場合は2日間も)乾燥させて搾油したら、油が劣化するのではないかというのも気になった。これは今後ちゃんと調べてみないといけない。

ちなみに、実際売っているアボカドオイルはどうやって作っているのかというと、WEBで調べる限りでは果汁を遠心分離して水と油に分けて作っているようである。工業用の遠心分離器はすごく高そうなのでアボカドオイルづくりのために遠心分離器を導入するのはちょっと現実的でないような気もする。やはり、ジャッキとか気軽に手に入るもので搾油できないと難しい。アボカドオイル屋さんになろうというわけではないので、高額な機械の導入は無理である。

ところで、わざわざアボカドからオイルなんか採らないで、アボカドはそのまま食べたらいいじゃん! と思うかもしれない。その通りである。青果で食べられるものは無闇に加工せず、そのまま食べるのが一番だ。国産アボカドは1個250円以上はするとかいうので、わざわざ油を採らないでそのまま売った方が簡単で収益性がよさそうだ。

しかし、アボカドの場合、「受粉樹」というのが必要である。受粉樹というのは、要するに花粉のために育てる樹のことで、これがないと実がとても付きにくくなる。私の場合は受粉樹に「メキシコーラ」という品種を植えている。この品種は寒さに強く生育が旺盛であり、育てやすい品種なのだが、悲しいことにあまり美味しくない。なのでせっかく実がなってもそれを売ることができない。受粉樹もそれなりの本数があるので、これを利用しなくてはもったいないわけだ。

ということで、この「メキシコーラ」という品種からアボカドオイルが採れればとても嬉しいわけである。世界的にもこの品種は油を採るために育てられていることが多いのではないかと推測され、「メキシコーラ」から生まれた「メキシコーラ・グランデ」という品種は油の含有量が特に高いことで有名だそうだ。

とはいうものの、今回、アボカドオイルを初めて搾ってみて、ここでアボカドオイルを商業的に成り立たせるのは難しい感じがした。菜種油のようなシンプルな搾油であっても国産で作るとかなり高額になるのに、アボカドの場合は材料(果実)にも菜種などと比べるとコストが掛かる上、かなり手間がかかる搾油法をも必要とするのでそこが一番のネックじゃないかと思う。そのあたりにあるようなローテクな機材を使って効率よく搾油する方法が出来れば、100mlを2000円で売って採算が合いそうな気がする(予想)。

でもアボカドの栽培をしているところ自体が日本では限られている中、アボカドオイルまで出来れば相当な話題性がある。話のタネとしてであっても、「南薩のアボカドオイル」ができたらこれは面白い。今回は成功とはいえないが、引き続きアボカドオイルづくりに取り組んでみたい(でも実際アボカドが収穫できるようになるのは先の話なので、気長に)。