2024年4月4日木曜日

奄美に行ってきました(その2)

前回からのつづき)

今回の旅の目的地(の一つ)は、奄美の西南部の端にある瀬戸内町古仁屋だ。

古仁屋の港には、瀬戸内町のコミュニティFM「せとうちラジオ放送(せとラジ)」の放送局がある。その事務局長、「さとぴー」こと長井聡子さんの案内で、奄美をご案内いただくというのが今回の番組だ。

【参考】せとうちラジオ放送
https://setoradi768.themedia.jp/

番組についてはテレビで見ていただくとして(放送は5月とのことですが、日程は不明です)、瀬戸内町について説明したい。

さて、奄美大島の経済の中心は、島の北西の方にある奄美市だ。人口は3万人ほど。一方、瀬戸内町は、島の南東に位置し、奄美市からは車で1時間ちょっと。しかもぐねぐね山道をゆくので1時間よりかなり遠く感じる(私があんまり車移動が好きではないのもある)。瀬戸内町の人口は8千人くらいである。

私の実家がある旧吉田町の人口が9千人くらいだから、ほぼ一緒だ。そして、漁港を中心としてぎゅっと町がまとまっている感じは、枕崎市によく似ている。

さとぴーさんの案内で、この町を少しだけ歩いた。

強く感じたのは、8千人の町にしては、小商いの店がとても多いことだ。古仁屋には、食料品店や雑貨屋(オシャレな雑貨屋ではなく、トイレットペーパーとか洗剤とかを売っている雑貨屋のこと)、パン屋、酒屋、種苗店といった小さな店が散在している。飲食店や飲み屋が多いのは観光地だから当たり前とも思うが、明らかに地元利用が中心の店が多い気がする。喫茶店も何店もあった。人口8千人の町にライブハウスまであったのにはビックリした。町営の火葬場まであるそうである。もちろん小学校から高校まで揃っている。

そもそも、人口がたった8千人の町にラジオ放送局まであるってすごくないか。

要するに、古仁屋はなんだか豊かなのだ。

それは奄振(あましん)のおかげだろう、という人もいるかもしれない(奄振=奄美群島振興開発関係予算)。だが地元の小さな餅屋「大城もち屋」に、若い後継者が帰ってきた、というような豊かさは、奄振だけでは説明がつかない。

【参考】大城もち屋 ←ここでお土産に「りゆび餅」を買った。
https://r.goope.jp/amami-ooshiro/

なぜ古仁屋は豊かなのか。その大きな理由は、逆説的であるが、奄美市から車で1時間ちょっとという「不便さ」にあると思われた。

というのは、県本土では車で1時間ならたいしたことはないが、ぐねぐね山道を1時間以上だとなかなか気軽に行き来するものではない。結果的に、瀬戸内町の人はたいがいの用事を古仁屋で済ますことになる。さとぴーさん曰く「なんでも古仁屋で揃う。奄美まで行く必要はない」のである。話を聞いてみたところ、ないものは産婦人科とタクシーくらいだという。

これを経済の面からいえば、瀬戸内町では地域内でお金が循環している、ということだ。

私の家から、宇宿のイオンまで車で約1時間半であるが、休日にイオンに行くと地元の知り合いにバッタリ会うことは多い。わざわざ1時間半かけて、田舎からイオンにお金を落としに行っているわけだ(笑)

これが古仁屋の場合は、イオンに行かずに地元でお金を使っている。だから小商いが多いのだろう。そしてこれは、若者が小さな店を始めるのにもいい環境だと思った。人口8千人の町に大きな需要は見込めないが、地元の人が来てくれるというのが、小さな店にとっては(特にはじめたばかりは)一番大事なことなのだ。古仁屋には、大きなチャンスはないかもしれないが、小さなチャンスはたくさん転がっている。

よく「これからは、不便な地域が残る」と言われるのは、こういうことだろう。

例えば、宮崎県の椎葉村。椎葉村の場合も、延岡市まで車で2時間。独立した経済圏を構築せざるを得なかった場所である。こういうところが、かえって存続しているのだ。

もちろん、古仁屋も椎葉村も、ただ不便だから残っている、というわけではないだろう。両方、地元の人の努力があったからこそなのはいうまでもない。でも、古仁屋が奄美市まで車で30分の位置にあったとしたら、きっと今のように小商いの店がたくさんある町にはなっていなかったのではないかと思う。

私の実家の旧吉田町は、人口規模は似たようなものだが、小商いの店はそれほど多くないことがそれを例証している。旧吉田町の人は、いつでも吉野に買い物に行けるからだ。薩摩吉田インターが近くにあるため、鹿児島市内や姶良イオンにもすぐ行ける。こういう場所では地域内でお金が循環することはない。

町にとって不便さは、一般的にはマイナスだ。だが古仁屋の場合は、それがプラスの面ももたらしている。植林をしていなかったのがかえって奄美にとってよかったように、田舎では近代化のセオリー(常識)と逆の方がよい結果をもたらすことは多い。

そもそも、田舎は「近代化」から取り残されたから田舎なのだ。もちろん、田舎の人間だってスマホを使い、キャッシュレス決済をし、ハイブリッド自動車に乗る。「近代化」は田舎にだって必要だ。

だが、そこでは都市とはちょっと違った「近代化」が必要だ、ということなんだろう。

人口8千人の町にラジオ局を作ることは、効率から考えたら無駄だ。だが、そういうことが町の豊かさを作る。そういう無駄を許容する「近代化」、合理性一辺倒とは違う「近代化」が、田舎には求められている。

2024年4月2日火曜日

奄美に行ってきました(その1)

先日、テレビの企画で奄美大島に行かせてもらった。

NHKかごしまの「ローカルフレンズ」というコーナーのロケで、これまでに「ローカルフレンズ」として出演した人が奄美大島を観光する、という内容の企画である。私は2月に「ローカルフレンズ」に出演させてもらったので、その末席を汚したというわけである。

その企画のことはさておき、私は人生で初めて奄美に行ったので、その印象などを書き留めておきたい。

奄美空港に到着して、目的地の瀬戸内町までは車でおよそ2時間。その途中はずっと山か海しか見えないのだが、すぐに気づいたのは山に杉が全くないことだった。

では、奄美の森は手つかずの自然が残っているのかというと、実はそうではない。2021年、奄美大島や徳之島、沖縄本島など(の一部)が世界自然遺産に登録されたが、奄美大島の場合、登録地のほとんどが二次林(人の手が入った森林)なのである。

かつての奄美大島では林業は主要な産業の一つだった。奄美大島の林業を語る上では岩崎産業の存在が大きく、岩崎産業は奄美大島に1万2000ヘクタールもの大森林を所有していた。島の全体面積が約7万2000ヘクタールなので、実に島の20%もの大地主だったことになる。岩崎産業が奄美大島でどのような林業を行っていたのかは私は詳しくは知らないが、島の森林を見たところ、整然と植林されたような区画は皆無だったので、おそらく造林(植林)はほとんど行っていなかったものとみられる。

本土では盛んに杉が植林されていた時期(戦後)に、どうして奄美大島では全く植林されなかったのか。政策的な理由があったのかもしれないし、自然の回復力が高かったため、あえて植林しなくてもよいという考えだったのかもしれない。

なにしろ植林にはかなり手間がかかる。植林して数年間は下草払いをする必要があり、草払機が普及する前は造林鎌で行う重労働だった(草払機があっても重労働である)。ハブのいる奄美の森では危険も伴っただろう。要するに、植林はコスト的に見合わなかった、ということが理由ではないだろうか。

それは手抜きともいえなくもないが、植林がされなかったことで、結果的に、奄美の山ではスダジイを中心とする自然の植生が回復し、多くの野生動物が保全されることとなった。真面目に造林していなかったのがかえってよかったのだ。

ちなみに、世界自然遺産の登録にあたって最大の障壁になったのが、登録予定地の大部分が岩崎産業の社有地であったことだ。結論を言えば、岩崎産業は4000ヘクタールもの土地を国に売却することでこの問題は決着した。奄美の人たちの岩崎産業に対する思いは複雑なものがありそうである。

ところで、現在の奄美大島の林業はどうなっているのかというと、車中から森林の様子をずっと見ていたが、全く林業が行われている形跡がなかった。かつて島を支えた林業は壊滅した模様である。

というか、林業だけでなく、建設業と漁業以外には、島には産業らしい産業がほとんど見受けられない。サトウキビ以外の農業は見ることができず、水田は皆無といってよかった。畜産もわずかのようなので、仮に農業をやるとしても堆肥の調達に苦労しそうである。私は柑橘農家なので、奄美大島といえばタンカンというイメージがあったが、産業的に行われているタンカン園は一カ所も目に入らなかった。

要するに、島には仕事があんまりなさそうなのだ。

やはり島は貧しいのか。目的地の瀬戸内町古仁屋で、その続きを考えることにしよう。

(つづく)

2024年3月26日火曜日

海は「みんなのもの」。洋上風力発電事業の利害関係者とは…

吹上浜に巨大な風車を100基以上建てるという、吹上浜沖の洋上風力発電事業について、2024年9月の南さつま市議会(令和5年第3回定例会)で、計画縮小が明らかになった。

本坊市長の答弁をまとめると次の2点になる。

  • 6月下旬、事業者から県・市に対し、南さつま市海域での事業計画を凍結する旨の連絡があった。
  • よって、本市は当該事業の協議会構成員から外れた。

計画の縮小は喜ばしいが、気になったのは「南さつま市海域」という表現である。というのは、海は全て国の管轄であり、「南さつま市海域」なる概念は行政に存在しない

では、事業者(インフラックスという業者)が言っている「南さつま市海域」とは何なのか。いくら考えても分からないので、県の情報公開制度を使って事業者から提出された計画変更資料を取り寄せてみた。それが冒頭の画像である(提出された資料をトリミングして作成)。

これを見て、事業者の考える「南さつま市海域」は一発で分かった。

それは、変更前事業の区域にある「加世田漁協」「笠沙漁協」「県漁協南さつま支所」の範囲を指していたのである。そしてこの資料により、洋上風力発電事業を進める上で、いかに漁協の存在感が大きいかも再認識させられた。

そもそも、洋上風力事業は、国がある海域を「促進区域」として指定しなくてはスタートできないが、国がその指定を行うにあたって、利害関係者との調整を行うために設けるのが「協議会」という組織である。そして漁協は、この「協議会」の重要なメンバーになる。基本的には、漁協が反対していたら事業は進まない、と考えてよい。 

よって、事業者側としても漁協を味方につけるためにいろいろと工夫しており、それによって各地の漁協から「洋上風力発電事業に賛成」といった陳情がなされていることも周知の通りである。吹上浜沖の洋上風力事業については、私の知るところ、沿岸の漁協は概ね賛成している状況である。

そんな中、(明確に反対の意思表示はしていないが)賛成していないのが「笠沙漁協」だ。

もし、「笠沙漁協」が協議会に参加して、いつまでも賛成しなかったら、その事業を進める事は極めて難しい。冒頭の資料で「笠沙漁協」「県漁協南さつま支所」が赤くなっているが、もしかしたら、これは両漁協が洋上風力発電に賛成していないことを示しているのかもしれない。

そして、おそらくそれが事業者が「南さつま市海域」での事業計画を凍結した理由の一つなのだ。

また、凍結の理由としてもう一つ考えられるのが、「南さつま市海域」では他の事業者が洋上風力発電事業を計画していないことだ。

この図は、2023年5月19日の南日本新聞の記事「薩摩半島西方沖 洋上風力発電計画 沿岸5市対応割れる」に掲載されていた図である。

吹上浜沖も含め、現在3つの事業者が薩摩半島西方沖で洋上風力発電事業を計画しているが、日置市・南さつま市沖についてはインフラックス社のみがその事業想定海域としている。

県・国としては、風力発電事業の需要の高い海域を「促進区域」に指定するわけだが、この図を見ても分かる通り、薩摩川内市沖やいちき串木野市沖は2事業者の計画区域が重なっているから需要が高い。逆に南さつま市沖は1事業者のみなので、需要は低いということになる。

だから、インフラックス社としては、漁協の賛成が得られていないこと、他の事業者の計画がなく需要が低いと県から見られていることを踏まえ、計画を縮小したのだろう。

ところで、いちき串木野市沖は3事業者全てが計画区域としていて、この中では最も需要が高い海域となっている。

しかも、いちき串木野市はこれら周辺の自治体の中で、唯一(といってもいいと思う)、洋上風力発電に極めて前向きである。

いちき串木野市は2021年から風力発電の勉強会のような独自の協議会を立ち上げており、2023年度も「いちき串木野市洋上風力発電調査研究協議会」を立ち上げている(上述の「協議会」とは全く別)。これらの取り組みからは、はっきりと「洋上風力発電を誘致したい」という方向性が感じられる。

さらに、本日(2024年3月26日)の南日本新聞によれば、県の洋上風力発電に関する研究会で、同市から「いちき串木野市沖に絞った海域」で国に情報提供する案が提案されたという。この「情報提供」を行うことで、国は「促進区域」に指定するかどうかの検討を開始することになっているので、これはいわば、事業計画スタートの提案である。

もちろん、いちき串木野市が洋上風力発電を誘致したいのなら、他の自治体にいる人間(私)がとやかくいうようなことではないのかもしれない。

だが、「南さつま市海域」がないように、「いちき串木野市海域」もない。海はあくまでも「みんなのもの」(国の管轄)である。いちき串木野市が推進しているからといって、他の自治体や他市の住民を「利害関係者」から除外して進めることになると、ちょっとおかしいと思う。

そもそも、先ほどの「県の洋上風力発電に関する研究会」自体が半ば秘密裡に行われているような会で、これについては「関係者のみで進めましょう」という旧来の密室政治的な臭いを感じる。協議会が非公開になるのはわかるとして、その準備段階の研究会すら公開しないというのは解せない。県のやり方は県民の疑心暗鬼を招くものだ。

ところで、「促進区域」の指定にあたって「協議会」を設置すると先ほど書いたが、実はその前段階として「有望区選定」を行うというステップがある。そしてこの「有望区選定」の条件の一つが、「利害関係者を特定し、協議会開始の同意を得ていること」なのである。つまり、洋上風力発電事業がスタートするにあたっては、最初に「利害関係者」を特定する作業が必要となる。

逆に言えば、この「利害関係者」に入らなければ、いくら反対しても聞いてもらえない、ということだ。 もしいちき串木野市沖で洋上風力発電事業が行われるとしても、日置市や南さつま市といった関係自治体の関係者も含めた協議会で合意を得て進めるのであれば、まだ納得できる。しかし、今のところ、直接の利害関係者(自治体、漁協)に限って協議会を構成しようという方針のようだ。

その意味で気になるのが、冒頭の市長答弁の「よって、本市は当該事業の協議会構成員から外れた」という部分だ。計画後の事業区域も、金峰町の海岸の近傍であり、もちろん笠沙や大浦からも洋上風車がバッチリ見えることになる。にもかかわらず南さつま市が協議会に参画できないというのはどういうわけなのだろう。直接ではないかもしれないが、南さつま市民も利害関係者ではないのか。

繰り返すが、海は「みんなのもの」である。なるべく開かれた形で議論し、公明正大に事業を進めてもらいたい。

2024年3月20日水曜日

鹿児島市は、スタジアムに血道を上げるのは大概にして、市民生活に向き合ってください

鹿児島市のスタジアムの建設予定地として、北埠頭案が棄却された。

北埠頭も、ドルフィンポートと同様に無理な案なのは最初からわかりきったことだったが、県から引導を渡される形で、ようやく否決された格好だ。

この、スタジアムをめぐる鹿児島市(下鶴市長)のやり方は、なんだか地に足が付いていない感じがして仕方がない。

今回は、それに関係があるような、ないような話である。

さて、私は、今の鹿児島市宮之浦町の出身である。合併前は吉田町と言った。実家は薩摩吉田インターの近くで、小学校は「宮小学校」だ。

私の両親は、今もそこに健在なのだが、そこで困っていることがあるという。

それは、校区コミュニティセンターの出入り口と駐車場の問題である。

鹿児島市では、公民館を小学校区毎に整備することとし、宮小学校の近くに「宮校区コミュニティセンター」が建設された。現在、ここでは放課後児童クラブ(いわゆる学童)が行われており、私の母もその事務を手伝っている。

鹿児島市が校区コミュニティセンターを作ってくれたのは有り難いが、問題は、ここが非常に使いづらい土地の形であることだ。

https://maps.app.goo.gl/YHgr5kWXnSsnFVBQ9

具体的には冒頭の地図を見ていただければと思うが(コミュニティセンターは灰色屋根の建物)、改修前の旧県道のカーブした部分が県有地として残されており(赤線で囲った部分)、土地が現県道と変な形で接続しているのである。しかもこの赤線部分は、周りから一段盛り上がる形になっていて、今はなんとか駐車場として使ってはいるものの、非常に出入りがしづらい構造である。

それに、知っている人はわかると思うが、県道16号(鹿児島吉田線)は、結構交通量が多く、しかもここは坂になっているので、下りはかなりのスピードを出す人がいる。しかもちょうどここが微妙にカーブしているため見通しが悪く、この使いづらい駐車場に出入りするのは危険である。特に、学童のお迎えの時間がラッシュ時なのでなおさらだ。

そこで、ここの利用者からは、赤線部分の県有地を市に購入してもらって、平坦な駐車場(というか車の旋回地)にしてほしいという要望が出されている。県としては、当然使い道のない土地なので、かなり低価格で市に売却したい意向があることも確認済みだ。

ところが! 鹿児島市は、ここを駐車場にするつもりはないという。「現在、鹿児島市としては新たに土地を購入することはしない方針」というのが理由だそうだ。

そんなまさか! 北埠頭の土地を何十億円かで購入することを検討していた市がいうセリフとはとても思えないではないか。

スタジアムが必要ないとは言わない。

しかし、こういうところこそ、市民生活に直結するもので、お金を使うべきだと私は思う。金額も、スタジアムに比べれば100分の1も必要ない。もちろん、ここの駐車場問題とスタジアムは無関係だ。だが私には、鹿児島市がこういう問題に向き合わないことと、スタジアムのようなパフォーマンス的ハコモノにばかり注力していることは、地に足が付いていないという点で共通の態度を感じる。

古代ローマでは、緊縮財政をとりながら、それに不満を抱く市民に娯楽を提供するために豪華なコロッセオが造られた。もしかしたら、鹿児島市のスタジアムもそれと同じなのではないだろうか。鹿児島市は、市民生活に向き合うのではなく、市民の目を誤魔化そうとしているのではないか。

こういう、地味な市民生活の問題を一つひとつ解決することで、スタジアムをどうすべきかも見えてくるのではないかと、そう思っている。

2024年2月4日日曜日

南さつま市3中学校の再編の進め方は詭弁だらけ

アンケート調査結果 より
 

1月31日の南日本新聞に、「3中学校の再編、中学生・保護者の5割は「やむを得ない」」という記事が報じられた。

現在南さつま市では、加世田中・万世中・大笠中の3校の再編について在り方検討委員会で議論しており、当該検討委員会で報告された地域住民・中学生・保護者へのアンケート結果を報じたものである。

記事内容は、

  • 委員会でアンケート結果が報告された。
  • 学校再編について、中学生・保護者は「現状でやむを得ない」50.0%、地域住民は「積極的に行うべき」43.9%がそれぞれ最も高かった。
  • 「現状でやむを得ない」と「積極的に行うべき」の数値を合わせて学校再編を許容する割合とすると、住民・中学生・保護者の多くが再編を許容していることになる。
  • ただし委員からは「現状でやむを得ない」を「許容」とみなすことに、慎重な取り扱いを求める意見があった。

とまとめられる。

【参考】3中学校の再編、生徒・保護者の5割は「やむを得ない」 南さつま|南日本新聞
https://373news.com/_news/storyid/189343/

しかしながら、このアンケート結果の分析は、学校再編を進めたい市教委の詭弁であり信頼に値しない。

なぜなら、市が行ったアンケートでは、この項目はこういう聞き方なのだ。

令和5年度に、望ましい学校規模に該当する学校は、加世田中学校の1校のみです。適正規模にするためには、学校再編を含めた適正配置について検討する必要があります。あなたは学校再編についてどう思いますか。

1.積極的に行うべき
2.現状でやむを得ない
3.できるだけ行わない方がよい
4.行うべきではない

これは、「現在の中学校は望ましい学校規模には達していないが学校再編をすべきか」という問いであり、これに対して「現状でやむを得ない」と答えた人は、「望ましい学校規模ではないと思うが現状維持でよい」という意味で回答したはずである。

にもかかわらず、報道を見る限りこれが「学校再編はやむをえない」と変換されており、明らかにアンケート結果を捻じ曲げている。記事でも「委員からは「現状でやむを得ない」を「許容」とみなすことに、慎重な取り扱いを求める意見があった」とされているが当然だ。

そもそも、このアンケート自体が、3校の学校再編についての意向を確認するものとしては機能していないと私は思う。

というのは、このアンケートの問いは、一般論として学校の望ましい規模がどうであるか、一般論として学校再編をすべきかを聞いたものであり、3校の合併について多少なりとも具体性を持って聞いているものではないからだ。

例えば、加世田中・万世中・大笠中の合併を行うとすると、通学時間を考慮すれば合併後の学校は学区の中心になる小湊あたりに建設するのが妥当である。だが「3校を合併して小湊に中学校を作ります」という案を示したとすれば、加世田中学区の人たちは大反対するに違いない。「なんでうちらが小湊まで通わないといけないだ!」となるに決まっている。

加世田中学区の人々が合併に賛成するのは、学校の立地は加世田しかないないと思っているからなのだ(実際にはそうなる可能性が99%だし)。ともかく、学校の立地だけでも、賛成反対は大きく異なるのが学校再編の常である。学校再編の姿を示さずに一般論だけで賛否を問うのにどれだけ意味があるか。

だいたい、一般論として「望ましい学校規模はどれくらいだと思いますか」と聞けば、大笠中なんか「小さすぎる」となるに決まっている。地域住民や保護者としても、「いつかは合併になるだろうな」とは思っている。しかし「自分たちの子どもや近所の子どもたちが卒業するまではなくなってほしくない。そんなに遠い話ではないんだし」というのが素直な気持ちだろう。アンケートでは、あくまでも一般論を聞いているため、こういう素直な気持ちがなかなか現れない。

それにこのアンケートは、やり方にも問題があったと思う。というのは、生徒・保護者向けのアンケートは、学校でプリントが配られ、そこからQRコードでフォームに飛ぶ形で行われたが、生徒用・保護者用のフォームがそれぞれあったのではなく、「保護者の方と一緒にお考えください」としていたのである。つまり回答の主体は保護者ではなく生徒なのである。

このアンケートの回答率は生徒・保護者向けでも回答率が35%ほどしかなく妙に低いが、それは回答の主体を生徒にしたことが原因だと思う。ついでに言えば、部活や勉強で忙しく思春期でもある中学生に「親と一緒に回答してください」とすれば、さらに回答率は低くなるのは明白だ。

私は、これは生徒用・保護者用に分けてアンケートすべきだったと思う。なぜなら、現に今中学校に通っている生徒にとって再編は切実な問題ではなく(実際の再編は卒業後の話になるから)、特に対象の多数派を占める加世田中の生徒にとってはたいした問題と感じられないからだ。適切な学校規模についても、自分の娘(中2)に聞いてみたところ「大笠中しか通ったことないんだから、これがちょうどいいと思っていたけど、改めて聞かれるとよくわからない」と言っていた。それが中学生の実感だと思う。

少なくとも、今回のアンケートで保護者の考えが明確になったということはなく、わかったのは「中学生の考える一般論」くらいのことだと私は思う。

また、今回のアンケートで私が一番気になったのは、最後の「ご意見ありましたら自由にお書きください。」という自由記述欄である。私はここにいろいろ意見を書きたかったのだが、なんとフォームでの字数制限がたったの100字しかなかったのである! 100字って…Twitterより少ないわけで、これでは「意見はできるだけ聞きたくない」と言っているに等しい。これで「自由にご意見を」と言ったり、「みなさまの意見を聞いて進めます」と言ったりするのは、本当に詭弁だ。

南さつま市では数年前、金峰学園の設立(金峰中学校、阿多小学校、田布施小学校の合併により生まれた)にあたってずいぶんゴタゴタがあったのは記憶に新しい。

記憶に新しいどころか、金峰町には「市教委のウソにだまされて地域の宝阿多小を失った」とか「ウソから始まった金峰学園」などと書かれた抗議の看板が今でも建てられている。私自身は、こうした看板は金峰学園に通う生徒から見るとあまり気持ちの良いものではないとは思うが、地域住民との対話を置き去りにして強引に合併を進めた結果であり、こういう看板を立てたくなる気持ちはよくわかる。

市教委はこうした結果を招いたことを真摯に反省し、まずは学校再編によらずに現在の学校体系で子どもたちに好適な教育環境を提供することを工夫すべきだ。そしてそれがどうしてもままならない場合に学校再編を検討し、仮に学校再編をするとしても、強引な手法ではなく、児童生徒・保護者・地域住民との対話を主体として進めてほしい。当然ながら、市教委が定めたスケジュールに沿って進めるような結論ありきのやり方は絶対にしてはならない。

以前も書いたことがあるが、私は中学校の再編自体には絶対反対ではない。なぜなら、中学生くらいからは競い合いや多様性が成長には重要だと思っているからである。小規模校では、ライバルも不足しがちで、気の合う友達がみつからないことも多い。やっぱり中学校は1校あたり90人くらいはいた方がいい。

だが、子どもたちに好適な教育環境を提供しようという話でなく、財政論や機械的な学校規模の話で学校再編をしようというのは反対である。こういう場合は、ただ学校規模が変わるだけで、教育環境の向上につながらないことがほとんどだし、そもそも最初から結論が決まっているから(=地域住民は置き去り)、というのも反対の理由の一つである。

実際、今回の「在り方検討委員会」でも、会議の初回に示されたスケジュールで、すでに結論を出す時期や地域住民の意向を確認する時期などが示されていた。こういうのを腹案として持つのはよいが、対話をしようという気があれば出さない資料である。

資料1 第1回南さつま市中学校在り方検討委員会会議資料 より

 加世田中・万世中・大笠中の再編が、金峰学園の二の舞にならないように、市教委には一度立ち止まり、今の進め方が適切なのか反省していただきたい。

【参考】大笠中学校の統廃合には絶対に反対 |南薩日乗
https://inakaseikatsu.blogspot.com/2023/09/blog-post.html