本書は、北海道出身の編集者である岡本 仁さんが、鹿児島の友人知人に紹介されたり、ふとしたきっかけで知った「鹿児島のよかもん」を紹介する本の第2弾である。観光案内のガイドブックではなく、生活者としての素朴な感性から、地元にいるとなかなか気づかない素敵な場所を紹介してくれている。
本書の内容は、鹿児島のあれこれに関する岡本氏のエッセイと氏の友人知人による鹿児島のいいもの紹介なのだが、そこに「ルイさん聞いた話。」というカリフォルニアで出会った鹿児島出身の方の話が唐突に挟まっていて、これが写真を除くと3ページしかないのだが興味深い。
この話は余韻が豊かで、要約するとその滋味が失われるが紹介のためにまとめると、
- 下村ルイ(旧姓:長野)さんは、今カリフォルニアで、一人で農業をして暮らしている。ルイさんが作る日本式の野菜はファーマーズ・マーケットでも評判だ。
- ルイさんは枕崎の西鹿篭で生まれたが、父親は若い頃渡米しスタンフォード大学で学んでおり、帰朝後には立神の区長もしていた人物。
- ルイさん自身はアメリカへの興味はなかったが、仕事にしていた洋裁は鹿児島では需要が少なく、アメリカに行けば暮らしが立つと思い1960年に渡米。しかしアメリカ人は既製服を着こなせることがわかり洋裁を断念。
- やはりアメリカに住んでいた義姉の紹介で、カリフォルニアで農業をしていた大浦出身の男性を紹介され(なかば無理矢理?)結婚。それ以来夫婦で農業をして生活していたが旦那さんが亡くなり、ファーマーズ・マーケットへの出店もやめていたが、しばらくして一人で再開。
- 鹿児島には母親が亡くなった1987年に帰ったのが最後。
以前書いたように、南薩からは多くのカリフォルニア移民があったので、時代といえばそれまでだが、興味のなかったアメリカに移民し、しかも本来の目的である洋裁での自立ができずに、写真だけで結婚を決めた旦那さんと農業で暮らしていくことになるという、今から考えるとちょっと場当たり的な人生が興味深い。
それ以上に興味深いのは、数奇な運命といえなくもないものの、こうして、一般的には平凡な女性の人生のスケッチが3ページとはいえ本書で紹介されていること自体だ。この女性の親類は、この記事を知っているのだろうか。そして旦那さんの姓は下村で、大浦では上ノ門集落の方と見受けられるが、どなたかルイさんをご存じの方はいるだろうか。
特に立派なことが書かれているわけでもないし、知人なら知っている話なのかもしれないが、誰か、彼女を知っている方に、この記事をぜひ読んでもらいたいと思った次第である。こうして、思いもよらない所で、彼女の人生が紹介されているということを。