鹿児島県の各地域振興局(県の出先機関)が作った「地域振興の取組方針」である。
【参考】各地域の「地域振興の取組方針」
鹿児島地域(PDF:875KB)
南薩地域(PDF:1,914KB)
北薩地域(PDF:845KB)
姶良・伊佐地域(PDF:1,543KB)
大隅地域(PDF:2,720KB)
熊毛地域(PDF:2,268KB)
奄美地域(PDF:624KB)
これが一体如何なるものであるか理解するためには、一年前の2018年3月に県が策定した『かごしま未来創造ビジョン』を見なくてはならない。
『かごしま未来創造ビジョン』とは、概ね10年後を見据えて鹿児島県の施策の方向性を定めたもので、特に自然環境や食、医療機関などを「鹿児島のウェルネス」と位置づけてブランド化し、県民の「健康・長寿・癒し」に活かしていこうというものだった。
【参考】かごしま未来創造ビジョン
https://www.pref.kagoshima.jp/ac01/kensei/keikaku/vision/documents/new_vision.html
鹿児島県のWEBサイトより「鹿児島のウェルネス」 |
そして実際に各地域で施策に取り組む「地域振興局」が、 このビジョンを補完するものとして取組の方向性をこの1年間かけてまとめたのが冒頭の7つの「地域振興の取組方針」なのである。
その内容は、当然のことながら一つひとつは読んで面白いものではないが、7つ並べてみるとなかなか興味深い。最もやる気を感じるのは大隅地域で、目次を見ただけで他の地域とは全然違う。他の地域が雛形を基に行政の縦割りに基づいて作っているのに比べ、大隅地域はちゃんと議論して柱を作ったのが見える。
それに大隅地域では、策定にあたって若手や地域おこし協力隊との意見交換を行っており、それがちゃんと書かれている。それだけで好感が持てるというものだ。
ちなみに私の住む南薩地域については、「観光」が大きく取り上げられているのが特徴で(指宿があるため)、逆に他の地域ではかなり扱いが大きい「教育・文化・スポーツ」が脇に追いやられているのが気になるところである。
さて、この「地域振興の取組方針」は、一見「地域振興局(県)の施策の方向性を定めるもの」に見えるのであるが、実は違うのである。その趣旨を「南薩地域」のファイルから抜き出すと次の通りである。
南薩地域振興局では,この「かごしま未来創造ビジョン」を補完するものとして,南薩地域の課題や取組の方向性を明らかにし,県民をはじめ,企業,関係団体,大学,NPOなどの多様な立場にある団体・個人が, 鹿児島の目指す姿や取組の方向性を共有し,それぞれの分野で主体的に地域振興に取り組んでいただくための指針として「南薩地域 地域振興の取組方針」を作成しました。(強調引用者)ちょっと待って欲しい。地域振興局が行政を今後この方針に従ってやっていきます、というのなら分かる。しかし方針を定めたからそれぞれが「主体的に地域振興に取り組んでいただ」きたいというのは、話が飛躍しすぎではないか。もちろんこの「取組方針」は、地域振興局自身が取り組んでゆくものが中心になっていて、何から何まで県民に丸投げされているわけではない。でも「こういう方針を定めたので、県民それぞれが自主的に取り組んでください」というにはちょっと無理があるものだ。
ではこの方針をどうやって定めたのかというと、例えば南薩地域では、「地域懇談会」というものを設置して2回ほど議論したようである(他の地域も大同小異)。この「地域懇談会」というのは、商工会・商工会議所、NPO、農協、小中学校、医師会等の代表など十数人で構成したもので、いわば地域の顔役に集まってもらった会議である。
【参考】南薩地域 地域振興の取組方針(地域懇談会について)
https://www.pref.kagoshima.jp/al01/chiiki/nansatsu/chiiki/20190330torikumihousinn.html
まあ確かに地域の人の意見を集約する意味では、こういう顔役に聞いたらそれなりに的確な意見が出るんだろう。しかし「鹿児島の目指す姿や取組の方向性を共有」しようというその方針が、それだけの意見交換で決められてしまうのは、私には違和感がある。南薩地域の場合なら、観光が大きな柱なのでもっと観光業に携わる現場の人が会議に入るべきだと思うし、市町村の担当だって入ってしかるべきだ(むしろなぜ入っていないのか謎)。それだけでなく、目立った活動をしないような普通の地域住民の意見をも丁寧に集約していく作業をしなくては、「それぞれの分野で主体的に地域振興に取り組んでいただくための指針」なんて定めようがないと思うのである。
さらに、百歩譲ってこれをそういう共通の指針だと認めるにしても、県のWEBサイトでひっそりと公開するだけで(私の見る限りトップページには全く出てこない)、それを多くの人が参照して、「よし! この方針に沿って私も取り組んで行こう!」と思うなんて、とてもじゃないがありそうもないことだ。ほとんどの人は、こういう方針が定められたこと自体知ることもないのがオチである。それでは策定の趣旨が貫徹できないではないか。
たぶん「多様な立場にある団体・個人が, 鹿児島の目指す姿や取組の方向性を共有し」と述べている県の担当者自身が、こんな地味な発表の仕方ではそんな共有は不可能なことは自覚していると思う。せっかく7つの「地域振興の取組方針」を定めたものの、それを本気で広め、遂行し、実現していこうという気はないのだろう。 本気でこれを県民に共有して欲しいなら、各地で説明会や意見交換会を開いたり、ポスターやパンフレットで広報したり、様々な方法でその浸透を図っていく必要がある。
もしかしたら県の人は、「いやいや、これはそんな大げさなもんじゃないんですから!」と言うかもしれない。あるいは「この程度の政策文書を作るのに、いちいち一般の人からの意見集約をするなんて労力がかかりすぎます!」という事情を述べるかもしれない。確かに、この「地域振興の取組方針」、地域の人に積極的にお知らせしていくには中身がちょっと役所的すぎる。
それに、この方針の元になっている『かごしま未来創造ビジョン』自体がそれほど県庁自身によって真面目に受け取られているとも思えない。例えば、最近降って湧いたように出てきた「新県立総合体育館を鹿児島中央駅西口に建設する」とか、「旧木材港の16ヘクタールを埋め立てする(何に活用するかはこれから検討する)」といったようなことと、この『かごしま未来創造ビジョン』とはどう関係するのか。多分、こうした新規大規模公共事業を検討するにあたって、『かごしま未来創造ビジョン』は全く顧みられていないだろう。
『かごしま未来創造ビジョン』の策定趣旨は、県のWEBサイトによれば
県政全般にわたる最も基本となるものとして,おおむね10年後を見据えた中長期的な観点から,鹿児島の目指す姿や施策展開の基本方向などを明らかにするとともに,これらを県民の皆様と共有し,「オール鹿児島」で次世代の鹿児島を創り,将来を担う子ども達にしっかりと引き継ぐために策定したものです。とされているにも関わらずである。巨額の税金を使う新規大規模公共事業の検討にあたっても一顧だにされない「県政全般にわたる最も基本となるもの」なんて、一体何のために策定したのか…?
『かごしま未来創造ビジョン』にしろ、それに基づいた7つの「地域振興の取組方針」にしろ、全く無意味とは思わないが、それを作った県自身が本気で向き合おうとしないのなら、いっそのこと作らない方がいいと思うのである。はっきり言って、こういう形だけで実体の伴わない行政文書の作成は、無駄な仕事である。もっと役所自身が本気になれることに注力した方が生産的である。
とはいえ、もう策定してしまったものはしょうがない。なかったことにも出来ないだろう。だったら、やはりもっと堂々と発表し、県民の意見を仰いだり、この方針に沿ってどんなことが実行出来そうか提案を受けたりといった双方向のコミュニケーションを図っていく以外にない。
少なくとも私は、「多様な立場にある団体・個人が, 鹿児島の目指す姿や取組の方向性を共有し,それぞれの分野で主体的に地域振興に取り組んでいただくための指針」なるものが、県のWEBサイトの奥まったところでひっそりとアップされるだけなのは腑に落ちないのである。
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