2019年3月12日火曜日

「笠沙恵比寿」をどうするか

今、南さつま市は「笠沙恵比寿」の活用に関して「サウンディング型市場調査」というものをやっている。

笠沙恵比寿というのは、南さつま市の笠沙町の、端っこにある野間池(のまいけ)という小さな港町にある宿泊施設である。

【参考】笠沙恵比寿
 http://www.kasasaebisu.com/

笠沙恵比寿を作ったのは当時(合併前)の笠沙町。私は直接にはその頃を知らないが、かなり力を入れて作られた施設だったようだ。

笠沙町は、昭和40年代には既に過疎問題が始まっていたという過疎地域であり、主要産業である漁業も後継者問題に悩まされ、町の将来への危機感があった。一方で、東シナ海の壮大な景観や豊かな漁業資源に恵まれているという強みもあった。そうしたことから、町は観光による地域振興を模索し、様々なことに取り組んできた。

例えば、海岸沿いを巡る道(当時の県道笠沙枕崎線)を国道226号に昇格させた(1993年頃)。この道は、昔は「この道をよくぞバスが通れたなあ」というような、離合の出来ない、崖をへばりついて進む狭い道だったが、国道昇格後は整備が進み、今ではすばらしいドライブコースになっている。226号線沿いの写真スポット「南さつま海道八景」は、間違いなく日本有数の景観群である。

【参考】これぞ絶景!南さつま海道八景|南さつま市観光協会
https://kanko-minamisatsuma.jp/feature/8038/

また、笠沙には明治以来、数多くの杜氏(とうじ:焼酎づくりの職人)を排出してきた黒瀬という集落がある。この技術の伝承を行い地域おこしにも役立てるため、焼酎造り展示館である「杜氏の里 笠沙」も設立(1992年)。ここのつくる「一っどん(いっどん)」という焼酎は抽選でしか手に入らないほどの人気商品になった。

【参考】杜氏の里 笠沙
http://www.toujinosato.co.jp/

さらに1998年には、杜氏の里 笠沙の近く、沖秋目島という無人島を望む最高の立地に、「笠沙美術館」を設立。景観自体が美術作品のような素晴らしい美術館であり、私自身、南薩で一番好きなのがこの美術館からの眺めで、好きが高じて「海の見える美術館で珈琲を飲む会」というイベントを毎年開催しているくらいである。

そして2000年、こうした取組の集大成として作られたのが「笠沙恵比寿」なのである。

笠沙恵比寿は単なる宿泊施設ではなく、「海」を総合的に楽しむ上質なレジャーを目指すものであった。ホテルやレストランだけでなく、海の博物館までも併設し、釣りやクルージングはもちろん、昔はホエールウォッチングまで楽しめた(記憶があやふやですが)。

設計したのは、今では鉄道車両デザインで著名な水戸岡鋭治氏。館内には水戸岡氏が描いた笠沙に生きる生き物たちの絵がたくさん掲げられ、博物館部分だけでなく施設全体にアート的な雰囲気が横溢する(ちなみに笠沙美術館も水戸岡氏のデザインである)。

笠沙恵比寿は、遠くから「ホンモノ」を求める客を呼び込もうという構想だった。

それはある程度成功したのだと思う。このあたりの相場からは高い宿泊費や食事でも、最初は客が入った。しかし第三セクターによる運営は、どうしても民間的な競争の中ではやっていくことができなかった。

次第に客足は遠のき、売上は右肩下がりになった。客室が10部屋しかないというのもホテルとしては大きな足かせで、上質を求める少数の客を相手にする戦略が裏目に出た。2015年からは指定管理者としてJTBが切り盛りしたものの、どうも挽回とまではいかなかった模様である。こうして、テコ入れを図る必要が生じた。

そういうわけで、この 「サウンディング型市場調査」が行われることになったようである。「サウンディング型市場調査」というのは私も初めて聞いた。要するに、「どうやったら活用できそうか、ゼロベースで意見や提案を下さい」というものらしい。ただし、意見を言えるのは実際にその施設を利用していく可能性がある法人・個人なので、例えば私なんかが意見を出すことはできない。

【参考】笠沙恵比寿の活用に関するサウンディング型市場調査の実施について|南さつま市
http://www.city.minamisatsuma.lg.jp/jigyosha/shigoto-sangyo/shokogyo-kigyo/e021494.html

こういう調査を行うこと自体はよいと思う。何しろ、高級路線の施設というのが公共施設として異色であり、行政による運営に向いていないというのは明白である。笠沙恵比寿の当初のコンセプトを貫徹するならば、民間に売却するのが最も自然かもしれない。

しかし、何にせよいえることだが、「何を」やるかよりも、「どう」やるかの方がずっと重要である。「民間に意見を聞く」のはいいとして、この調査に関する説明会も何もないようだし(参加申し込みした事業者に対する説明会はあるが、「こういう調査をやっているのでぜひ参加して下さい」という説明会がない)、WEB以外のどこで広報しているのか不明である。まさかWEBのみということはないだろうが、積極的に広報している感じがなく、誰に提案してほしいのかという意志をあまり感じない。

先日、鹿児島市が「鹿児島市ブランドメッセージ&ロゴマーク」をみんなの投票で決めようというイベントをしたが、そこにモデル・YouTuberの“ねお”さんを呼んでいたのを見習うべきだ。これは、ただ投票をお願いするだけといえばだけなのであるが、人に意見を聞くためにはどれだけ工夫が必要かというのをまざまざと見せつけられた思いである。「意見を言わない人が悪い」などと言っている時代ではなく、人の意見を聞くためにコストをかけなければ、後で大変な目に合うのが現代である。

【参考】みんなで選ぼう!鹿児島市ブランドメッセージ&ロゴマーク|鹿児島市
https://www.city.kagoshima.lg.jp/kouhousenryaku/citypromo/logo/ivent.html

笠沙恵比寿の場合は、このブランドロゴの場合よりもずっと意見・提案の必要性が大きいわけだから、もっとずっとコストをかけてもいいのである。例えば、東京や大阪などに職員が出張していって、大手デベロッパーやコンサルに話を聞くということから始めてもよいと思う。まずは星野リゾートのようなやり手リゾート運営業者に意見を聞いてみたらどうか。

さらに、些末なことと人はいうかもしれないが、参加した事業者からのヒアリングが1事業者あたり30分〜1時間だそうである。せっかく提案に来てくれた業者に、話を30分にまとめろというのはさすがに短すぎないか。こういうことは言いたくないが、ちょっと「上から目線」を感じる調査なのである(私のこのブログ記事だって上から目線じゃねーか、と言われればその通りなんですが…)。

そしてもう一つ付け加えるべきなのは、民間業者からの意見・提案を聞くのと並行して、やはり地域住民の意見ももっと聞くべきだということだ。これには役所の方も「今までさんざん意見は聞いてきました」と反論するに違いない。それはそうである。しかも住民の方では笠沙恵比寿の高級路線を理解せず、「もっと手頃な価格にしてほしい」といったような意見もあったそうだし、住民の総意に基づいた運営にしたら、たぶん笠沙恵比寿はやっていけない。

しかし、である。公共施設である以上、住民の「こういう町になってほしい」「こうなったらいいな」という夢に基づいていなければならないと私は思う。そのためには、今までさんざん意見は聞いてきたとしても、やはり住民の意見を聞く必要がある。そして、「住民の意見」なるものは、実はもっとも聞き取りづらいもので、本当にホンネの意見を聞こうと思ったら、大げさに言えば「合宿」をしなければならない。少なくとも、WEB上のパブリックコメントなんかでは本当の住民の声は集めることができないと思う。

もちろん役所にしてみれば、生産的かどうかもわからない「住民の声」なるもののためにそんな時間は割けないと言うだろう。それでなくても人が減らされて忙しいのに。でも私は、そういう一見無駄な作業こそが真に生産的なものになると信じている。

笠沙恵比寿をスマートな施設にするだけなら、たぶん星野リゾートに売却するだけで十分だ。きっと今よりは繁盛して、雇用も生まれて、住民も満足するだろう。人が羨むステキな施設になるに違いない。でもたぶん、それでは「こうなったらいいな」という住民の夢を紡ぎ出すという作業は、どこにも介在する余地がない。

南さつま市は「夢を紡ぐまち」を掲げていて、「夢を紡ぐ」という市民歌もある。私は、このスローガンは割とよいと思っている。経営に行き詰まった施設をどう処分するか——というような話では夢がなさ過ぎる。行き詰まった時こそ、理想を語らねばならない。1990年代からの笠沙町の意欲的な観光振興施策の集大成としてできたのが笠沙恵比寿だ。ぜひ前向きに話が進んで欲しい。
 

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