2015年12月26日土曜日

「天成り果」と窒素過多

一昨年から、柑橘の肥料をものすごく減らした。

販売する時に「無農薬・無化学肥料」を謳っている通り、化学肥料はもちろん使っていないし、それどころか実は有機肥料も入れていない。ということで今のところほぼ無肥料である。

「ほぼ」と言っているのは、堆肥の中に肥料成分が含まれているからだが、栽培基準に比べると10分の1以下の肥料だと思う。

それで、ほぼ無肥料にして気づいたことがある。無肥料にすると、「天成り果」が出来ない。

「天成り果」というのは、樹冠付近の上向き枝の先端に、上向きにつく果実のこと。これは肌がゴツゴツしていて大きく、ジューシーさがなくパサパサしていて甘みも弱く美味しくない。こういう天成り果は商品価値が低いため、通常は摘果(収穫しないで早く取って捨ててしまうこと)してしまうのだ。

だが、無肥料にすると樹冠付近の上向き枝の先端に果実がついても、「天成り果」にならない!

写真のように、だんだん枝がしなってきて、下向き果実になるのである。ちなみに、柑橘の場合、こういう葉裏(葉に隠れる)の下向き果実というのが一番味がのっていて美味しい果実といわれている。肥料をやっていたら摘果しなくてはならなかった果実が、無肥料にすることで一番美味しいタイプの果実になるのである。

ちなみに、「天成り果」はなぜ品質がよくないのか、というと、植物のホルモンの働きによると思われる。植物の成長ホルモンは上へ上へと流れていく性質があり、上向きの枝の先端には成長ホルモンが集まっている。すると、そこになった果実には過剰に成長ホルモンが与えられ、ホルモンバランスが崩れて変な果実になるというわけである。

だから「天成り果」は避けられない自然現象だと思っていたのだが、無肥料にするとこの現象が見られないことを考えると、どうやらそれは窒素過剰を表す植物からのサインだったようだ。

農業において、窒素は非常に重要な成分であるが、やりすぎると弊害が起こることが多い。窒素が多すぎると病虫害に弱くなり、そのおかげで農薬を多用しなくてはならない羽目になる。私が柑橘に農薬をかけなくてもさほど虫害が起こっていないのは、たぶん無肥料にしている効果が半分くらいあると思う。野菜なども肥料をごく少なくすれば、無農薬でもひどく虫に食われるというような悲惨なことは自然と避けられる(もちろん種類による)。

ただ、残念なことに窒素分が少ないと収量は確実に減る。

ポンカンの場合、基準通りに肥料をやるのと比べて収量はたぶん7割以下になると思う。そう考えると、生産原価において肥料の値段などたいしたことはないから、窒素肥料を多用して収量を増加させるのは、通常の農業経営において当然の判断だと思う。

しかしその判断が全世界的にやられているので、世界的な窒素過多はとんでもないことになっている。およそ100年前にハーバー=ボッシュ法が開発されてから、 地球上に供給される窒素はうなぎ登りに上がった。特に1960年代からの上昇はすごい。

ハーバー=ボッシュ法以前、農業生産の限界のひとつを定めていたのは窒素肥料であった。しかしこの革命的な方法により、窒素が人為的に供給できるようになり窒素肥料を多用するようになると、反収(単位当たり収穫量)の方もうなぎ登りに上がった。お陰で、農地をしゃかりきに増やさなくても、今のところ食糧危機が起こらずに済んでいる。

こうして窒素の大量生産が進められた結果、全発電量の1%以上がハーバー=ボッシュ法での窒素生産に費やされているといわれるほどで、現在、地球上の窒素固定量の半分が人為起源であるとの推計もある。微生物などによって自然に窒素固定はなされるが、そうやって自然が固定する窒素化合物と同量のそれを人間がつくりだしているというわけで、窒素の過剰放出は自然の物質循環に深刻な影響を及ぼしている。

しかも先述の通り、窒素肥料には功罪両面があり、使いすぎると「罪」の方の性格が強くなっていく。といっても肥料を減らすと収量も減ってしまうので、ただでさえ厳しい農業経営において肥料を減らす選択肢はなかなか取りづらい。

それに、私個人の農業経営としては、無肥料にする選択はさほど悩ましいものではないとしても、それを世界規模でしようとすると深刻な食糧危機を将来する可能性がある。タダでさえ人口が増え、新興国の生活水準がどんどん上がっていく局面であり、近い将来、穀物の不足が懸念されてもいる。そんな中で、窒素を減らすという決断は、非人道的なものですらあるかもしれない。

しかし、無肥料にすると天成り果ができないというメリットがあるように、窒素を減らすことには意外な効用もあるように思う。反収が減るのは確かだとしても、それを補う利点もあるかもしれない。科学もこの100年でずいぶん進んだのだから、そろそろ「減窒素の農学」が出来てもいい頃だ。

【参考文献】
地球環境に附加される自然起源と人為起源の窒素化合物」2010年、佐竹 研一

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