2019年12月20日金曜日

笠沙恵比寿と『南さつま市観光ビジョン』

先日の南さつま市議会で、本坊市長は笠沙恵比寿について「来年4月からの休館もやむを得ない」という認識を示した。

報道によればその理由は、第1に来年4月からの指定管理者が見つかっていないこと、第2に利用者数が低迷していること、第3に今後の施設の維持管理に多額の予算がかかると見込まれること、である。

2015年から指定管理者をしていたのはJTBコミュニケーションズ。旅行会社大手のJTBがテコ入れをしてくれるなら、きっと笠沙恵比寿も黒字経営になるだろうと市は考えていたのだが、実際にはやはり経営は厳しく、JTBは来年4月からの契約を更新しないと言ってきた。

要するに、JTBが経営しても利益が出なかった。これではまた指定管理者を公募しても無理そうだ。そこで市は、今年の3月、笠沙恵比寿の活用に関して「サウンディング型市場調査」というものをやった。

【参考】「笠沙恵比寿」をどうするか
https://inakaseikatsu.blogspot.com/2019/03/blog-post.html

この調査は、今までと違ったやり方で笠沙恵比寿の活用方がないか探るものだったと思う(あわよくば買い取りますという提案を期待していたのかも)。しかし妙案はな出なかった。というか、今から考えると最初からダメもと調査みたいな感じで、休館を見据えた手順の一種だったのかもしれない。

そりゃあそうだ、という気もする。JTBはいろいろ頑張って経営していたように見える。それでも損失が出るのなら、やはり施設自体に無理があったと考えざるを得ない。このまま笠沙恵比寿を維持していくのは、税金をドブに棄てることになるのかもしれない。

でもちょっと待って欲しい。

ここに一冊の報告書がある。昨年2018年の3月に南さつま市がまとめた『南さつま市観光ビジョン「わくわく!サンセット 南海道」』だ(「みなみかいどう」と読む)。

【参考】南さつま市観光ビジョン「わくわく!サンセット 南海道」(PDF)
http://www.city.minamisatsuma.lg.jp/shisei/docs/kankoubijonminamikaidou3003.pdf

これは観光に関して「南さつま市が、今後、的を絞って取り組むべき方向性についての検討」を行ってまとめたもので、「今後、この観光ビジョンを参考にしながら、行政と観光協会が中心となり、多くの関係団体と連携しながら、食や体験、人を絡めた観光振興を図ってまいります」と述べている。

これは残念ながら一般の市民にはあまりお知らせされなかったものの、結構頑張ってつくられた報告書で、地域の主立った人達だけでなく、頴娃の加藤潤さんや「美山商店」の吉村祐太さんなどこういう分野ではキーマンと言える人も参画してまとめられたものである。

その内容を一言でまとめれば、「海」「夕日」をキーワードに食や体験、人を絡めたわくわくするような観光地づくりを進めていこう! というものだ。

国道226号線(南さつま海道八景)を中心とした海岸の圧倒的な景観、とくに東シナ海に沈む夕日をシンボルに、ただ景色を見るだけでなくスキューバダイビングやカヌー、ヨット、シーカヤックといったマリンスポーツ、そして定置網体験やトレッキング、自転車などの体験活動を売りとして、農産物・海産物を生かした食を提供して地域の魅力を高めていこうというものである。

私としても、南さつま市の最大の観光資源は海岸線の景観だと思っているから、この方向性はとても理解できる。そして景観を見るだけではなくて、体験活動と絡めて楽しんでもらおうというのはぜひやって欲しい。

しかし、である。

実はこのコンセプト、笠沙恵比寿設立のコンセプトと全く同一なのである! 2000年に旧笠沙町が笠沙恵比寿をオープンさせるにあたって考えたのが、「海」を総合的に楽しむ上質なレジャーを目指す、ということで、まさに海の景観だけでなく体験活動(釣りやクルージング)、食(地域の相場より高価だが上質な食を提供)を組み合わせたレジャーの拠点施設となるよう設計されていた。

ということは、この『南さつま市観光ビジョン「わくわく!サンセット 南海道」』の実現にあたって中心となるのも、笠沙恵比寿であるはずなのだ。いや、私は『南さつま市観光ビジョン』を読んで、てっきり「これは低迷している笠沙恵比寿をテコ入れしていこうっていうことなんだろうな〜」と思っていたのだ。

しかも『南さつま市観光ビジョン』には、考えられる観光プランがいくつか参考で載っているのだが、「笠沙恵比寿」を使うとは明示されていないとはいえ、その中の多くが実際には笠沙恵比寿を拠点として考えるのが自然なプランなのである。

だから、今回の笠沙恵比寿、休館やむなし、の報を聞いて私が思ったのは、「南さつま市観光ビジョンは、一体何だったんだろう?」ということだった。休館やむなしの判断は、理解できるとしても、それにあたって『南さつま市観光ビジョン』が何も考慮されていないとすれば、あれは何のためにつくったのだろう?

そもそも、笠沙恵比寿は人気が低迷しているから経営が厳しいわけではない。笠沙恵比寿の経営の足かせは、たった10部屋しかない客室である。大型バスで来ても全員は泊まれない。シーズン中は断られる客も多いらしい。だから人気はあるのにかき入れ時にたくさんのお客を泊められない。

旅館業は、シーズン中にたくさんのお客を受け入れて儲け、オフシーズンには従業員に暇を出して出費を抑える、というビジネスモデルが普通だ。それなのに10部屋しか客室がないと、そういうことができない。その意味では、笠沙恵比寿設立の際の高級志向というコンセプトに元々無理があったのだ。

しかし笠沙恵比寿自体の人気はある。今からでもお手頃なファミリー・団体向けへと路線変更し、30部屋くらい簡易な客室を増設すれば十分経営がやっていけそうな気がする。客室の増設とはオオゴトに思うかも知れないが、最近の安普請の客室ならさほど予算もかからず、客の利便性はいい(現在の笠沙恵比寿の客室は凝った作りだがあまり機能的ではない)。実際、垂水にある「薩摩明治村」なんかはそういう安普請の客室で賑わっている。

そう考えると、笠沙恵比寿を休館(というより廃止)するというのは、経営的に考えても「やむを得ない」ものではない。これまでの失敗を踏まえて経営戦略を練り直し、体験活動を中心としたファミリー・団体向け施設として再出発すればやっていけそうだし、『南さつま市観光ビジョン』の実現にもすごく役立つ。いや、『ビジョン』の実現にあたって間違いなく要(かなめ)になるのは笠沙恵比寿なのだ。

それなのに、笠沙恵比寿の休館という観光政策上重要な決定に、『南さつま市観光ビジョン』は全く影響力を及ぼしていないように見える。これでは『南さつま市観光ビジョン』は無駄だったということになる。私は、今後の観光政策は全て『ビジョン』に基づくべきだ、と言いたいわけではないし、その内容を全面的に支持しているわけでもない。そもそも『ビジョン』は政策の方向性を定めたものというよりは参考書の位置づけでしかない。

しかし南さつま市(だけでなく近隣の町)の熱い人達がまとめた報告書が、現実の政策に影響力を及ぼしていないらしいのが悲しいのである。笠沙恵比寿の休館まであと3ヶ月。それまでの間に、行政から『南さつま市観光ビジョン』と笠沙恵比寿の関係について一言でも説明があってほしい。「あれにはこう書いてありますけど、実際はなかなか経営が厳しくて…」という程度の内容でもいい。

それが、行政に求めらえている誠実さだと、私は思う。自らがまとめた『ビジョン』を自らが見て視ぬ振りをしているようでは、行政の信頼性は大きく損なわれる。

こういうことを気にしているのは南さつま市でも私一人なのかもしれない。笠沙恵比寿をどうするのか、は多くの人の関心事だとしても、『ビジョン』との整合性をとやかくいっているのは。

でもこれは、本質的には整合性の問題ではないのである。言葉に対して誠実であるかどうか、という姿勢を問いたいのだ。笠沙恵比寿は旧笠沙町の観光政策の集大成だ。これまでたくさんの人たちが理想の実現に向かって努力してきた。それを廃止するというのであれば、数字で説明するのはもちろんのこと、「誠実さ」によって納得させなくてはならない。

3 件のコメント:

  1. はじめまして☆
    限界集落を検索していてヒットし、笠沙恵比寿について寄稿されていましたので読ませて頂きました。
    内容について、私も同意見です。
    10部屋の部屋数と宿泊費設定で、果たして採算がとれる計画だったのか?
    もしそれなら星野リゾートのように徹底したコンセプトで仕掛けるべきで、中途半端に地域の歴史博物館と結びつける必要はなった気がします。
    例えば、船の展示室をドミトリー形式の客室に改装したりすることで採算を向上させる事が出来たはずですし、他にも敷地をキャンプサイトとして開放するのが遅すぎました。もっと早い段階で「宿泊施設の充実」を訴えるべきでした。
    つまり、博物館のイメージが先行したことで、リピーターを確保出来なかったのが集客低迷の原因だと思います。
    あの施設が休館になって老朽化していけば、解体も含めて益々「負の財産」になっていくしかありません。
    何とか本気で再利用を考えてほしいものです。

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    1. コメントありがとうございます。実は笠沙町が笠沙恵比寿をつくる時に、既に「あの広い敷地で10部屋しか客室がなかったら採算がとれない」→「笠沙恵比寿は儲けるための施設ではないんだ」という議論が議会でされていたようです。当初から儲けるつもりではなかったというのが最大の間違いだったのでしょう…。今の時点で、既に真面目に補修しようと思えばかなりの金額が必要だと言われており、補修費を払うよりは廃止した方がよい、という経営判断みたいですね。しかし活かせば資産ですからね、ちょっと考えて欲しいですよね。

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    2. お返事ありがとうございます!
      >活かせば資産
      まさにこの言葉に尽きると思います。
      滅びゆくのが運命だという土喰集落のページも読みました。
      その土地の人たちの歴史でなく、外部から入ってきたパワーで負の財産を残して消えていくとか残念過ぎますよね。。。

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