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医療費の地域格差指数 |
「
南さつま市の一人あたり医療費は、なぜか異常に高い」という記事を書いたら、家内から「いつもに比べて冴えていない。内容が浅い」という痛い指摘があった。確かに「すごく高くてびっくりした」以上の内容はないので、その指摘はもっともである。
さらに、先輩農家Kさんから「医療費が高い理由は、薬の処方が多かったり、通院の回数が多かったり、医者への信頼度が高くて無批判的に診療を受けるからでは?」という示唆もいただいた。ということで、なぜ南さつま市の一人あたり医療費が異常に高いのか、改めて考えてみたい(以下、「一人あたり医療費」を単に「医療費」と略す)。
ただ、南さつま市の詳しい医療費のデータは公表されていないので個別の分析は不可能であり、あくまで一般論、全国的な傾向を元にした話になることをお断りしておく。
まず、
医療費にはかなり大きな地域間格差があるのはご存じだろうか。医療費の多寡は高齢化率と相関があるが、仮に世代構成が等しかったと仮定して計算しても、その差は大きい。これを医療費の地域格差指数といい、毎年厚生労働省がデータを公表している。具体的には、全国平均を1として、一人あたりの医療費が全国平均の何倍であるかを示したものである(図を参照)。
図を見てすぐにわかることは、赤っぽく示される医療費の高い地域が西日本と北海道に偏っていることである。これを俗に「
医療費の西高東低北高」という。なぜこのような格差が存在するのかというのは
謎で定説はないが、西日本や北海道の人が生来的に不健康ということはあり得ないので、
病院との関わり方に違いがあると考えられている。
ちなみに、南さつま市の地域間格差指数は約1.3(つまり全国平均の1.3倍の医療費がかかっている)で、
全国27位である。これは1700以上ある基礎自治体での27位であるから
全国的にトップクラスである。これによって、当市の医療費の高さの原因が高齢化ではないことがわかる。なお、本市と比較可能な規模の市レベルでは、
全国9位となる。
ところで、よく言われるのは、
医療費は人口あたりの医師数と病床数に強い相関があるということだ。このことから、西日本は医療体制が充実しているから人々がよく病院に行き、結果として医療費が高くなるのではないかと考える人もいる。南さつま市も、過疎地の割には病院が多くあり、この理屈が当てはまりそうな気もする。
ただ、この相関は論理関係が逆なのかもしれない。つまり、人々がよく病院に行くから、結果的に病院がたくさん出来たということも考えられる。私の感覚だと、どちらかというとこちらの方がしっくり来る。病院というのは、高齢者でない限り身近にあるから頻繁に行くというものではない。
ここでKさんの指摘をもう少し紹介する。私自身は南さつま市で診療を受けたことがないのでわからないが、若干誇張して言えば、当地の医療は「お医者さんが絶対的に信頼されていて、診察しても病名も説明されないし、薬は大量に処方されるし、無闇に通院させられたりするが、それを疑問に思う人もいない」というものらしい。家内や子供が行く病院ではこういうことはないようなので、地域全体の医療機関がこうだとは思わないが、そういうところが多いのかもしれない。
今では常識となっている
インフォームド・コンセントとか、
セカンド・オピニオン、
ジェネリック医薬品とかいったものは日本の端っこである南さつま市にはまだ十分に普及していないのかもしれないし、これが医療費を押し上げていてもおかしくはない。つまり、医療体制が充実しているのではなく、逆に
医療体制が効率的でないために医療費が高いという可能性がある。ただ、福岡など都市部を含め西日本の広範囲で医療費が高い現象が見られ、一方で東北の僻地でも医療費は低いので、この仮説だけでは医療費の高さを説明しきれない。
ちなみに、
西日本の医療費を押し上げているのは主に入院費用である。入院は、診察や治療の他にホテル的な費用がかかるので金額的な影響が大きい。実は、西日本の人は入院する時は長期に入院するという傾向がある。データはないが、もしかしたら頻繁に入院するということもあるかもしれない。つまり、
西日本では入院に対する心理的障壁が低く、たいしたことでなくても入院し、必要最低限の期間を超えて入院するのではないか。
病床数が限られている場合、病院側は必要日数以上の入院はさせないので、病床が不足傾向にある
東日本では入院が抑制されていると考えられる。病床数が余り気味の西日本ではそうした抑制がきかないので、必要以上の入院がされている可能性は大きい。特に鹿児島は平均在院日数(入院期間)が長く、全国平均を10日以上超える47.8日となっており、
都道府県別ではダントツの1位なのである。最短の岐阜(28.3日)と比べると約20日も違い、この差は
鹿児島県民の異常な入院好きを示しているとしか思えない。
ところで、病床数や医師数が西日本に比べ少ない東日本では、人々が十分な医療を受けられず苦労したり、それが原因で深刻な病状に陥ったりしているのだろうか? 実はこれが一番衝撃的なデータなのであるが、実は総じて
東日本の人の方が健康寿命が長い。健康寿命とは、介護などを受けず健康に過ごせる期間のことを言う。つまり、東日本では医療体制は充実していないのに、人々は健康で過ごせる期間が長いのである。これだけ見ると、
病院にはなるべく行かない方が長く健康で過ごせるということになりそうである。
なお、健康寿命と医療費の地域間格差には相関がある。健康寿命が短ければ、闘病や介護の期間が長いということだから医療費が嵩むのは当然だ。しかし、ここでちょっとした謎がある。実は、鹿児島の健康寿命は長い方なのである。これはどう考えるべきか。
図をもう一度よく見てみると、その答えがわかる。見えにくいが、実は鹿児島県でも大隅半島の方は地域格差指数が低い。医療費に関しては、薩摩半島と大隅半島で著しい対照があるのだ。細かいデータはないので明言できないが、
鹿児島県民の健康寿命を押し上げているのは、大隅半島の人だと思う。逆に言えば、薩摩半島には不健康な人が多いということになる。
さて、いろいろとデータを見てみたが、南さつま市特有の原因は特定できないながら、まとめると一般論として次のような医療費高騰の原因が考えられる。
- ジェネリック医薬品など、廉価な医療が未だ普及していない。
- 医師への信頼性が高く、高額な医療行為を鵜呑みに受け入れている。
- 病床数や医師数に余裕があるため、来院・入院の心理的障壁が低い。特に入院期間が長い。
- 健康寿命が短く、そもそも不健康な期間が長い。
これらを見るとわかるように、医療費の地域間格差は人々の健康に格差があるというより、どちらかといえば文化的・風土的問題、もっと言えば
社会慣習と人々の考え方に起因する部分が大きいと考えられ、その意味では低減へ向けた希望もある。
すなわち、行政が主導して、
廉価な医療の導入や入院期間の短縮化を図る努力をすれば改善できる余地があるということだ。具体的には、(これまではタブーであった)
医療機関の評価を行い、市民に公表することにより、効率的で低廉な医療を提供している医療機関が一目瞭然になれば公正な競争が期待できる。これは、もし実施すれば全国的に注目を集めるような施策であり、鹿児島大学等と協力して学術的にもしっかりとしたものを実施すれば医療費の高騰にあえぐ他の自治体の役にも立つだろう。
それはさておき、今回いろいろなデータを調べてみて、医療費の西高東低北高という地域間格差の原因が謎とされていることにまず驚かされた。今後さらに負担が増すと考えられている医療費の問題を考える上で、このような基礎的で重要なことがしっかりと研究されていないというのは不可解だ。医療費高騰というと、新聞等では「高齢化の影響で」と不可避的な書き方がされるが、実は私たちの心のありようを変えるだけで、相当違ってくるものなのかもしれない。
【参考データ】
「
医療費の地域差(医療費マップ)」平成22年度 厚生労働省
「
推計1入院当たり医療費の動向等 -都道府県別、制度別及び病床規模別等-」(平成22年度のデータ) 厚生労働省
「
健康寿命の算定結果」平成22年度
健康寿命における将来予測と生活習慣病対策の費用対効果に関する研究班
「
国民医療費の謎(2)-医療費の地域格差」瀬岡 吉彦
「
国民医療費抑制策の実施とその課題」松井 宏樹