そこで、梵字をあしらったボンチーノ(カプチーノ)、ボンチャチーノ(抹茶ラテ)というものを飲むことができるというので行ってみた。
家内が頼んだボンチーノは、カプチーノとしても美味しいということだったが、ボンチャチーノの方は、味はまあそれなりというものであった。しかし、梵字をあしらった抹茶ラテなど他の場所では飲めないわけで、相当にプレミアム感があり、非常によいメニューだと思う。
ちなみに、この店には同様に梵字をあしらった「梵字プリン」や「梵字ロール(ロールケーキ)」もあり、こちらもなかなか面白い。
「どうして抹茶ラテに梵字が?」というのがわからない人のために一応解説すると、これは清水磨崖仏に由来している。この磨崖仏は、平安後期から明治までの長い間に断崖絶壁に刻まれた一群の仏教彫刻を指すが、特に秀麗なのが「月輪三大梵字」(鎌倉時代)と、日本一大きな五輪塔表現と言われる「大五輪塔」(平安時代後期)であり、ともに梵字の薬研彫り表現が素晴らしい。
つまり梵字は清水磨崖仏を象徴するものであり、これをカプチーノや抹茶ラテに配することで「いかにも清水磨崖仏」な雰囲気を出しているというわけだ。梵字というと、なぜか血気盛んな男性に人気があり、最近はシルバーアクセサリーなどによく使われるが、この場所で梵字を使うことはわざとらしくもなく、特別感もあり、素晴らしい工夫だと思う。こういうちょっとした工夫をしてくれるだけで、満足感は全く違ったものになる。
ちなみにこの「サクラノヤカタ」、建物がめっぽう変わっている。川辺仏壇の工芸の技を活かして作られた建物ということで、池に浮かぶ金閣や銀閣を模しており、立派な柱と工芸品を使った丁寧かつ豪華な作りであるだけでなく、その奇怪な外観とは裏腹に非常に心地よい空間である。
だが、どうしてこの磨崖仏の地に室町文化の金閣銀閣なのだろう? 磨崖仏文化のピークは平安から鎌倉であり、室町はあまり中心的でない。さらに、金閣も銀閣も禅寺の建築であるが、磨崖仏は密教(真言宗・天台宗)と修験道の文化であり、禅とは関係がない。
つまり、室町時代の禅院を模したこの建物は、時代的にも教義的にも磨崖仏にそぐわない。だからダメとはいわない(むしろ建築としては面白いし居心地もいい)が、やはりチグハグ感は否めない。 しかも、サクラノヤカタという名称は、平安から鎌倉期へかけて当地を支配した川邊氏の館である「桜の屋形」にちなむ。その館の遺跡は残っていないが、当然ながら室町期の禅院様式であったはずではなく、どうしてこのようなコンセプトでこの建物が作られたのか理解に苦しむ。
この建物は総工費1億6千万円(平成6年竣工)だそうだが、金をかけてチグハグなものを作るより、ボンチャチーノのようにちょっとした工夫でその場に即したものを作る方が、私にはよほどスマートに見える。ただ、この建物は、コンセプトはチグハグであっても居心地はよいので、何度も行きたくなる素敵な場所である。
0 件のコメント:
コメントを投稿