2025年2月15日土曜日

秋田県と鹿児島県の新体育館の計画を比較してみました

先日、こんな記事を書いた。

「年間365日賑わう」500億円の新体育館は必要なのか?|南薩日乗
https://inakaseikatsu.blogspot.com/2025/02/365500.html

「新体育館500億円」は、観測気球(=意図的に報道機関にリークして世間の反応をうかがうこと)じゃないかと思っていたのだが、実際のことだったらしい。新聞報道によれば、県は新体育館の予算を488億円で県議会に示したとのことだ。当初予算が245億円だったので、ほぼ倍である。

ところで、じつは今秋田県でも県立体育館を新築する計画が動いている。これが鹿児島の状況とたいへん似ていて面白い。当初予算は254億円。PFI方式で建設する方式まで含め、ほぼ一緒だった。ところが資材高騰のあおりを受けて、こちらでも入札が不調(応札者がいないこと)になった。そこで予算を110億円増額して、364億円で再入札しているところである。

鹿児島では245億では足りないということで313億円に増額して入札が実施されたが、不調だった。それで488億円にするというわけである。当初予算と展開はまるで同じなのだが、金額は364億円と488億円と差がついた(当初予算は秋田県の方がやや大きかったくらいなのに!)。どうしてこんなに開きが出たのか?

そう思って秋田県の新体育館の整備計画をつぶさに読んでみたところ、鹿児島と比べることができてなかなか面白い。秋田県の計画がいいものなのかどうか、地元民ではないので判断はできないが、両県の計画を比較してみよう。

【秋田県】新県立体育館整備基本計画を策定しました
https://www.pref.akita.lg.jp/pages/archive/77435

【鹿児島県】スポーツ・コンベンションセンター基本構想の策定について
https://www.pref.kagoshima.jp/ac12/supo-tukonnbensyonsenta-kihonkousousakutei.html

まず、似ている点から列挙すると次の通りである。

  • 現体育館の老朽化のための建て替え計画であること。
  • 全国大会だけでなくプロスポーツを誘致する計画であり、そのために多くの観客席を設けること。(秋田:6000席、鹿児島:8000席 ← 予算増額を受け7000席に縮小との報道)
  • メインアリーナとサブアリーナの2面構成であること。
  • 整備にPFI方式を用いること(→ 鹿児島では予算の関係で断念との報道)

次に、施設として異なる主な点を挙げると次のとおりである。

  • 秋田県の新体育館には、武道館が併設されない。
  • 秋田県の新体育館には、現在は別に設置されているスポーツ科学センターを包含する。
  • 秋田県は現県体育館のある運動公園内での建て替えである。

このように、細かい点では違いがあるが、ほぼ同じなのは一目瞭然である。何しろ、「全国大会の実施」「プロスポーツの誘致」という目指しているものがほぼ一緒だからだ。ただ、メインアリーナの構成は秋田県の方が観客席総数こそ少ないとはいえ、よりプロスポーツに適したものになっている(バスケコートで2面+すり鉢状の観客席。鹿児島の場合は4面)。

ちなみに、鹿児島の県体育館は予算を抑えるために観客席を8000席以上から7000席に減らすという報道があったが、プロスポーツを誘致するための重要な基準は観客席の数やその様態(背もたれがあるかなど)である。これが全国大会の場合と最も違うところである。全国大会は盤面はいるが観客席はそれほどいらない(2000席が基準)。ところがプロスポーツは盤面は中心の1面だけでいいが、観客席が多くなくてはいけない。鹿児島県が当初8000席以上としていたのは、バスケットボールの国際大会の基準を満たすためのものであった。なお、プロバスケリーグ(Bリーグ)の現在の座席基準は5000席以上なのだが、これが将来的には8000席に引き上げられるそうだ。

つまり、全国大会とプロスポーツは似ているが施設に求められる基準が全く異なり、この両方を満たすために施設が大型化して予算が膨れ上がるのである。秋田県の計画では、メインアリーナをバスケ2面のみに留めて観客席数を確保するとともに、バスケの国際大会の誘致は断念することでアリーナの大きさを抑えている。この観点からは、鹿児島の体育館が7000席に減らすというのはちょっと中途半端だ。ちなみに秋田の延べ床面積は1.7万㎡、鹿児島は3万㎡となっている。武道館の部分があるとはいえ、鹿児島の計画は過大ではないだろうか。正直、秋田県の体育館と同じ規模でいいような気がする。

それから、秋田県の計画では、冒頭に人口予測県の財政状況が述べられている。ちなみに秋田県の人口は鹿児島県の約2/3である(財政状況は単純には比べられない)。県大会などは人口減少すると規模が小さくなるが全国大会は単純には小さくならないので(出場数が変わらない)、人口減少が予測されるからといって小さい体育館で済むというわけではないのだが、それでも冒頭に人口予測や財政状況が述べられることは誠実さを感じた。

また、二つの施設のコンセプトの違いにも目が引かれた。秋田県の方にはスローガンのようなものはないが、基本方針の冒頭に掲げられているのが「「秋田の元気を創造する拠点」として、子供たちに夢を与え、選手と観客が躍動し、賑わいづくりにも貢献する施設とします」という言葉。「子供」「選手」「観客」「賑わい」という、よくも悪くも全方位に気を遣った言葉である。面白味はないが、手堅い「行政」を感じる。

一方、鹿児島県の新体育館はスローガンが乱立(!?)しており、当初は「アスリートファースト」が強調されたが、ドルフィンポート跡に場所が選定されてからは「年間365日賑わう拠点」が喧伝されている。ちなみに計画上では「スポーツ振興の拠点としての機能に加え、コンサート・イベントなど多目的利用による交流拠点機能があることが望ましい」とされ、これに応じて名称が「スポーツ・コンベンション・センター」となった。事実上、「アスリートファースト」から、「多目的利用」に舵が切られた格好だ。どことなくフワフワしている。

ちなみに、コンサートにはやはり観客席数が重要になるが、イベント(コンベンション)にはフロアの広さが重要である。このように性質が異なるものが並列されているのはなぜなのだろう。ただし、秋田県の体育館でも似たようなことが書かれており、コンセプトの字面はともかく、考えていることはほぼ同じのようである。

そして最後に立地だが、秋田の体育館は先述の通り現県体育館のある運動公園(八橋運動公園)の内での建て替えである。ここは県庁や市役所、県図書館や児童センターに隣接しており、秋田駅から3.3km、周辺には官有の駐車場だけで1000台以上あり、秋田駅西口-県立体育館前 で平日に約100本のバスがあるという。ここは都市公園のため、整備に国の交付金も受け取れる(21億円)。まず文句ない立地だろう。

一方、ドルフィンポート跡地は、鹿児島中央駅からの距離は約2㎞であるが、本港区こそ近いものの公共施設としては孤立しているので、新たに公共交通を整備する必要が大きい。そして駐車場は、住吉町15番街区に500台を整備し、全体で1000~900台分の駐車場を確保する計画としている。それが実現できたとしても、あの立地にそれだけの駐車場ができて、ただでさえひどい交通渋滞がさらに悪化すると思うとうんざりする。

隣の芝は青い、という言葉があるので、秋田の計画の方がいいとも言い切れないが(大同小異ではあると思う)、こうして比較してみると、どうも鹿児島県の体育館は全体的に過大だという感が否めない。それは、メインアリーナがバスケコートで4面(81m×41m=3321㎡)+観客席7000席という、プロスポーツと全国大会という似て非なるものの両方を大規模に実施するための規模となっているためだ。ちなみに秋田のメインアリーナはバスケコート2面(59m×45m)で、八角形なので面積が約2500㎡。鹿児島はフロアだけでも1.3倍の面積がある。

塩田知事はこれまでの報道機関への取材で、競技面積といった規模や機能の変更は「基本的に困難」としているが、秋田の体育館と比べてみると、むしろ規模縮小の余地が大きい計画のような気がしてならない。どうして「基本的に困難」なのか、踏み込んだ説明が必要だ。

これまで積み上げてきた議論は尊重すべきだと思うが、予算という大前提が崩れた今、秋田県を見習って、人口予測と県の財政状況から再度その規模を見直した方がいい。少なくとも、プロスポーツと全国大会の二兎を追うのをやめれば予算は縮小する。

そもそも県民利用が基本の県体育館でなぜプロスポーツの開催が求められているかというと、部活の大会だけだと利用料収入が少ないからという(減免措置があるからだろう)。だが、プロスポーツに対応するためには予算が大きくなる。

全国大会に求められる施設規模は一緒だから、同じような規模の秋田県体育館が364億円、鹿児島県の体育館が488億円ということは、鹿児島のプラス124億円はプロスポーツ対応費と見なせる。しかも秋田の体育館もプロスポーツの誘致は行われるのだ。124億円がペイするだけのプロスポーツ利用の料金収入と経済効果があるのか、全く不明という他ない。本末転倒にならないとよいが。

私は決してプロスポーツなど誘致しなくてよいといっているわけではない。ただ、それに見合った収入や経済効果が見込めるのかを示す責任が県にはあるということだ。

県議会での突っ込んだ議論を期待したい。

【追記】
記事を書いた後で、香川県の新体育館も建設中であることを知った。こちらもメインアリーナとサブアリーナがあり、メインの客席数は5000席超。武道館併設で延べ床面積は約3万㎡。着工は2022年で2024年度中に完成予定なので、資材高騰の影響がまだ小さい時期とはいえ、工事費は202億円だそうだ。やはり鹿児島の新体育館の予算が大きいのは間違いない。

2025年2月7日金曜日

「年間365日賑わう」500億円の新体育館は必要なのか?

先日の南日本新聞で、鹿児島県が建設しようとしている新体育館(スポーツ・コンベンションセンター)の予算が大幅に増え、500億円が見込まれることが報道された。

まず言っておくと、これまで私は、新体育館についてそれほど批判的ではなかった。建設予定地のドルフィンポート(DP)跡地にも特に思い入れはないし、それ以上に場所の決定が民主的な手続きで慎重に行われたと思っているからだ。それについてはかつて記事に書いたことがある。

【参考】後戻りできなくなる決定が、今この瞬間にも行われているのかもしれない
https://inakaseikatsu.blogspot.com/2023/10/blog-post.html

しかしこの500億円のニュースを聞いて、ちょっと立ち止まった方がいいと思うようになった。

なにしろ、500億円は当初の計画とあまりに差がありすぎる。313億円で入札が不調(入札者がいなかった)だったため予算を増やすということだったが、そもそも当初の計画では約205億円〜約245億円と見積もられていた。物価変動の影響といっても、2倍以上というのはさすがにおかしい。

民間企業だったら、立ち止まって考えてみる必要がある状況だと思われる。

県が、新体育館に必要な面積や設備を丁寧に積み上げてきたのは理解できる。実際、新体育館の場所や要件などを議論した「総合体育館基本構想検討委員会」の議論は、今見ても丁寧で緻密だ(令和2年10月~令和4年2月)。

【参考】総合体育館基本構想検討委員会|鹿児島県
https://www.pref.kagoshima.jp/ac12/sougoutaiikukannkihonnkousoukenntouiinnkai.html

だが、県の資料を見ていてちょっと引っかかるのが、場所がDP跡地に決まった後である。

もともと、DP跡地を含む⿅児島港本港区エリアには「グランドデザイン」という再開発のコンセプトがあった。そこで謳われていたのが「年間365日、賑わう観光拠点」であった。

そして新体育館の構想は、「本港区エリアまちづくりの検討の方向性とも合致している」とされた。この見解がどのように導かれたものだったのかがわからない。本港区に新体育館が作られたら、民間主導の再開発を目指すグランドデザインとは全く違う性格の場所になるのは明らかだが、なぜ方向性が合致していると言い切ったのか。結論ありきだったとしか思えない。「本港区エリアまちづくりのグランドデザインは白紙に戻します」という方がまだ理解できた。

DP跡に決定するまでのプロセスは極めて丁寧なのだが、決まった後は妙になし崩し的なのだ。

そして、元々の「年間365日、賑わう拠点」はいつの間にか新体育館のコンセプトになってしまった(ただし「スポーツ・コンベンションセンター基本構想」には明確には位置づけられていない!)。「総合体育館基本構想検討委員会」で議論してきた新体育館の構想はそのままに、それに「年間365日、賑わう拠点」とレッテルを張りなおしたのが現在のスポーツ・コンベンションセンターだ。あの丁寧な議論は一体なんだったのか。検討委員会では、「年間365日賑わう体育館」を作るためではなく、スポーツ大会を行うための体育館を実直に議論していたというのに(コンセプトは「アスリート・ファースト」だ)。

意外なのは、この構想を天文館の業界団体(鹿児島市商店街連盟、WeLove天文館協議会、鹿児島市商店街連盟、天文館商店街振興組合連合会)が歓迎していることだ。

DP跡が「観光拠点」ならば天文館との棲み分けができたと思う。しかし「年間365日、賑わう拠点」が仮にDP跡にできたとすると、天文館が寂れるのは必定だ。人出の絶対量が増えるわけではないし、人は簡単には回遊しないからだ。それは、天文館でも表通りから1本裏通りに入れば、10メートルと離れていないのに歩行者の量は10分の1以下になるのでわかると思う。DP跡と天文館で人が回遊するというのは、絵に描いた餅である。回遊どころか、表通りから10メートル離れたところに人を呼ぶことすら難しいのが現実だ。

そもそも、県の主導で「年間365日、賑わう拠点」が本当にできるのなら、最初から天文館を賑わわせた方がいい。そっちの方が喜ぶ人は多い。しかし私自身、客商売をしていて思うが、賑わう場所にするというのは本当に大変である。様々な創意工夫をして、しかもいろいろな偶然にも恵まれてようやくにぎわうのが普通である。それが県の公共事業で実現できるとは信じがたい。このような構想を天文館の業界団体が支持しているのはなぜなのか理解しかねるが、建設に伴う好況を期待しているのかもしれない。

それはともかく、元来は体育館とは全く無関係のコンセプトであった「年間365日、賑わう拠点」が新体育館に安易にスライドされたことで、計画全体が胡散臭いものになったような気がする。しかも、予算が当初見込みの2倍以上となったことは、さらに計画の妥当性を疑わせることとなった。

新体育館が不要だとは思わないが、多くの県民の生活に直結する施設でないのは誰しも同意するだろう。現在の県体育館では全国大会やプロスポーツの試合が開催できないことも、どれだけ不利益があるのかピンとこない(そもそも現体育館でも全国規模の大会はそれなりに開催されている)。子供の数が減り続けて運動部の部活動は下火になり、部活動は地域移行の方向で、大会規模は縮小が予想されている。そんな時に500億円もかけて立派な体育館を作る必要があるのか、はなはだ疑問だ。

むしろ新体育館は、予算を踏まえて必要最低限に縮小させた方がいいのではないか。新体育館の延べ床面積は、現体育館の約5倍にする計画だ。現体育館には狭隘であるという課題があり、これを拡大させるのはわかるものの、約5倍にしてプロスポーツや国際大会にまで対応させる意味はあるのか。

そして鹿児島県自身が「一等地」と位置付けるDP跡に、たいして経済活動が見込めない体育館を作る必要があるのか。むしろ郊外に建設し、そこまでの交通網を整備した方が安上がりになり、地域住民の足にもなるのではないか。もっと言うと、旧松元町体育館(あいハウジングアリーナ松元)や旧吉田町体育館(吉田文化体育センター)は現県体育館より大きいので、新設よりはこういう施設を改修して、市街地と結ぶ交通網を充実させた方がずっと暮らしに役立つと思う。

これまでの議論の積み重ねをひっくり返すようなことは、行政の運営においてはリスキーかもしれない。だが予算が2倍以上に膨れ上がるというのは、これまでの議論の前提が間違っていたということを意味する。こういう時に立ち止まれるかどうかが、知事の度量、あるいは議会の矜持を示すのではないか。

なし崩し的に予算を2倍にし、当初の議論にはなかった(それどころか現今の基本構想にも含まれていない)「年間365日、賑わう拠点」としての新体育館を天文館の振興のために建設することになれば、県政に汚点を残すことになるだろう。

ところで、急に話が変わるようだが、昨年夏の台風・大雨で、県道20号の大坂の峠が一車線崩落したままになっている。県道20号は、南さつまと鹿児島市内を結ぶ大動脈だ。そんな重要な道路が、半年も一車線崩落したままとはどういうことなのだろう。この状態で500億円の新体育館が必要だとは首肯しかねる。

何もないところを500億円かけて賑わわすより、現に人が生活しているところを大事にしてもらいたいものである。