思えば、一組合員としても出荷者としても、農協の経営状態をあまり気にしていなかった。一応、年に一度の総代会というものがあって、そこでは事業報告とか中期計画とかを組合員に説明するが、たぶん財務諸表をじっくり見て農協の経営状態を理解している人というのは僅かだと思う。この機会にこれをよくよく観察してみると面白いかもしれない。
ただ、これを真面目に分析すると長大で冗漫なものになるので、大まかな点だけ見てみようと思う。
まず、損益計算書の事業利益を見てみる。南さつま農協の経常利益は、約2億円である。具体的には、約34億円の事業利益があり、その事業を実施のため約33億円の事業管理費を使っている。その差額の約1億円とあわせて、約1億円の経常外利益(事業によるものではない利益)があるので経常利益が2億円である。下図はこれを簡単にまとめたものである。
JA南さつまの利益と費用
利益 | 費用 | |
事業 | 34.4億円 | 33億円 |
事業外 | 0.8億円 | 0.1億円 |
経常利益: 35.2億円(利益)—33.1億円(費用)=2.1億円
では、この表に掲げた約34億円の事業利益は、具体的にどのような事業で稼いだものなのだろうか?
それをわかりやすくしたものが左の棒グラフである(※)。青い部分が利益(粗利=収益から費用を引いたもの)で、オレンジ色の部分が費用である。
ただしここでいう「費用」は事業ごとの費用であって、上の表中での「費用」とは違う。上の表中の「費用」は、事業全体を実施するための人件費とか施設費であって、ここでいう「費用」は、販売品の原価のように事業ごとにかかっている「元手」のことである。なお、純粋に利益だけ見る時はオレンジ色の部分は不要であるが、今回は参考につけている。
この図を見ると、JA南さつまの利益の3本柱は「肥料や農薬の販売」「保険業」「銀行業」であることが分かる。この3つで大体25億円くらいの利益を稼いでいる。ちなみに、「肥料や農薬の販売」にかかっている費用が突出して大きいが、これは「仕入れて売る」という普通の商売をしているためで自然なことである。「保険業」や「銀行業」はほぼ窓口業務であるために(別に計上されている)人件費以外の費用がほとんどかかっていない。
さて、ここまで見てみると、特に経営上の問題もなく、健全経営をしているように見えるが、JAのメインの事業である農産物の販売についてはどうなのだろうか? JA南さつまでは、約174億円の農産物の販売実績があるが、その内容はどうなっているのだろう?
左は、農産物販売実績の内訳を円グラフにしたものである。販売金額のほとんどはお茶と畜産で野菜とかお米は全体の15%ほどしかない。
私が取り組んでいるかぼちゃやカンキツなどはさらにその中のほんの僅かな部分を占めるに過ぎないから、経営的に見ると、JAとしてはあってもなくても変わらない事業だと思う。
さて、問題は、この174億円の売上が、財務諸表上でどう位置づけられているかである。ここが、今回農協の財務諸表を調べて大変に衝撃を受けたところなのだが、この円グラフのうち、財務諸表に掲載されているのは、紫の部分のたった7.5億円だけなのである。これは、棒グラフの方の「お茶等の買取販売」という項目にあたり、この7.5億円の販売から4.7億円の粗利が生まれている。
では、他の部分はどこに消えてしまったのか?
実は、私も始めて知ったのだが、ここに帳簿上のカラクリがある。農家にとってJAは卸先の一つ、つまり農産物をJAに売却し、JAがそれを市場で売る、のだと思っていた。だが形式的にはそうではなく、あくまで販売の主体は農家で、JAは販売を委託されているに過ぎない。だから農産物販売はJAにとっては受託事業であり、いくら農産物を販売しても売上としては計上されないのである。
だが、実際には農産物の代金はJAから農家に支払われているわけで、一度はJAの会計を通っているお金が財務諸表に載らないのは奇妙である。受託事業だからといって決算に含めなくてもよい道理があるとも思えない。というより、JA南さつまにとって最大の事業である農産物の販売が財務諸表に載っていないということだと、経営者(理事)が業績を評価することもできない。少なくとも民間企業において、メインの事業が財務諸表に掲載されていなければ、とてもまともな決算とはみなされないだろう。
この財務諸表もJA全中の監査と内部監査を受けてOKをもらっているわけだから、この財務諸表がダメとは直ちに言えないが、少なくとも業績がわかりにくい財務諸表であることは間違いない。
それに、私が一番問題だと思うのは、JAの担当の方が一生懸命農産物を販売しても、その業績は財務諸表上では全く評価されないということだ。農家としては農産物を1円でも高く売って欲しいが、JAの担当者が販売に力を入れても、JAの利益には1円も計上されないので、担当者やその上司のやる気も出ないだろうと思う。では、農産物販売の利益はどこに行っているのだろうか?
それは、形式的には、農家へ全て配分されているのである。これは、農家が販売をJAに委託しているわけだから当然だ。だが、この仕組みだとJAの販売担当者には少しでも高く売ろうとする理由がない。委託販売は、JAにとっては損もしないが得もしない事業だからだ。やはり、高く売ったらその分JAが儲かる(あるいは担当者が評価される)、という仕組みにしないかぎり、JA出荷の農産物の価格低迷が解消されることはないだろう。制度というのは、実際に手を動かす人、それを評価する人、それを利用する人に適切なインセンティブがないとうまく働かない。
そして、さらなる問題は、農産物販売の帳簿はどこで誰が管理しているのか? ということである。農家からの受託事業としてJAが農産物を販売しているなら、委託者である農家には事業実績(収支)を報告する義務がある。しかし、農産物販売174億円の、そのお金がどう配分されているのか、実は全く公開されていない。つまり、農家に支払った代金がいくらで、選果や集荷にかかった費用がいくらで、販売手数料がいくらなのかといった収支の全体が全く不明なのである。
これはJAの財務諸表の問題ではないのかもしれない。もしかしたら、農家自身の組合(園芸振興会とか、果樹部会とか、農家の組合組織がたくさんある)の問題なのかもしれない。だが、実態を数字で捉えることなしに、経営を改善していくことは絶対に不可能である。農産物販売の内実が明らかになっていないのは何か理由があるのかもしれないが、現実を直視することは必要不可欠のことなので、農産物販売の収支決算書を共有できるように図っていきたいと考えている。
※ わかりやすくするため事業名を一部改変している。財務諸表上では、上から購買事業、共済事業、信用事業、販売事業、利用事業、その他事業、加工事業、指導事業とされている。
農家に支払った代金、選果や集荷にかかった費用、販売手数料については各作物ごとの部会で提示されるので,農家も知っています。
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