今、南さつま市では、クジラ関係の観光振興に力を入れている。先日は、クジラをテーマにしたお土産コンテストまで開催され、とも屋さんの「くじらのおひるね」というお菓子が大賞を受賞した。
こうして、クジラに力を入れているのは「くじらの眠る丘」というクジラの骨格標本を展示する施設ができたからなのだが、自分としては、ただ骨があるというだけでは観光資源としての深みに欠けるような気がして、もう少し歴史や文化まで掘り下げてクジラをアピールすることができないかと思っている。
【参考】南薩の捕鯨と「くじらの眠る丘」
というようなことを考えていたら、ふとクジラと恵比寿信仰には関係があるのではないかと思いつき、少し調べてみた。南さつま市でも笠沙に「笠沙恵比寿」という恵比寿信仰をモチーフにした施設があるのを始め、恵比寿信仰は盛んだった。その祠があるところが、どうもクジラが見られる浦に当たっているような気がして、関連性が気になったのである。
結論を言うと、恵比寿信仰とクジラには深い関連があり、中山太郎という明治時代の民俗学者は「ゑびす神異考」という論考を著して、恵比寿信仰の源にはクジラへの信仰があるのだ、という説を唱えているくらいである。ただこれは少し牽強付会なところがあって、信憑性はイマイチと言わざるを得ない。
だが、北関東以北の地域では、クジラやサメといった大型の海棲動物を「えびす」と呼んできた地域が多い。 これは、クジラやサメが小型の魚を追い込んで沿岸に大量に連れてくるため豊漁になることが多く、豊漁をもたらす有り難い存在として「えびす」と呼んだのだろうとされている。恵比寿信仰とクジラには確かに関連があるのである。
ただし、西日本ではクジラと恵比寿信仰に関連があるという明白な証拠がないようだ。西日本の沿岸での恵比寿信仰は、海岸の石とか珍奇な漂着物とかを依り代(よりしろ)にして豊漁を願うものが多く、東日本のそれとは少し違っている。こうした自然発生的な民俗信仰は地域ごとの差異が大きく、そもそも信仰の淵源を求められるものではないが、残念ながら西日本ではクジラと恵比寿信仰の関係は遠い。
しかし今回少し調べてみて思ったが、恵比寿信仰というのはなかなか奥が深い。漁民の豊漁や安全を願う心が具現化されたのが恵比寿という存在であることに疑いはないが、他の神格や神話を取り込み、習合を繰り返し、恵比寿は複雑な神に発展して行った。だが生活と仕事に即した素朴な願いが託されている存在であるから、決して大仰な力(例えば国家安泰とか)を持ったりせず、それが司るのは商売繁盛といった身近で現世的なものだったのである。
そういう点は、稲荷信仰、八幡信仰、熊野信仰といった民間信仰がみな共有していたところでもあるが、恵比寿信仰が特異的だったのは、信仰に中心らしい中心を持たず、常に意識が海の彼方へと向かっていたというところである。稲荷信仰なら伏見稲荷、八幡信仰なら宇佐八幡、熊野信仰はそのままずばりで熊野が中心だ。だが恵比寿信仰は、兵庫県の西宮神社というのが総本社とされているが、各地ではそれが意識されていなかったようだ。
恵比寿信仰は、神話の及ぶところにない、庶民と海の間から澎湃と沸き上がった信仰である。そういう正体不明の存在だからこそ面白い。いつか機会があったら南薩の恵比寿信仰についてちゃんと調べてみたい。
【参考資料】
『えびす信仰事典』1999年、吉井良隆 編
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