元が牛の肥だめ部分の改修ということで、「このきったない納屋を子ども部屋にしようというのは忸怩たるものがある」と先日の記事にも書いていたのだが、やってみるとこれが想像以上のリノベーションで、見違えるどころではなく、別世界になってしまった。
というのは、リノベーションをお任せした工務店のcraftaさんが、工事が進むにつれてやる気が出てきたのか(!)、見積もりにない作業をどんどんやりだし、また別の現場で出た端材なども使って赤字覚悟で素晴らしい施工をしてくれたからである!
というわけでその素晴らしいリノベーションぶりを披瀝したい。
これが、部屋全体のイメージである。そんなに広くはなくて、大体10畳くらい(3m×6m)。下半分の石積みと上部の木組みがよく調和して素晴らしい空間になった。天井と床は白木の杉材で張ってくれて、それだけで雰囲気が軟らかい。照明はLEDだが白熱電球みたいに見えるものを使い、また天井向きの間接照明もある。
で、同じ場所の工事前の写真が(同じアングルというわけではないけど)これ。
手前にあった石積みを崩して、(この写真ではその石積みの裏に隠れて見えない)下の肥だめを埋め、床のコンクリを塗り直して、その上で内装工事をしてもらった。
元が汚い納屋なので、「居住するには問題ないレベル」くらいにはキレイになるかと思っていたが、むしろ「本宅よりステキな空間」にグレードアップしてしまった。
うちの本宅は築百年の古民家で、こちらもそれなりに居心地の良いいい家である。 だが、このリノベーション納屋は、伝統的な納屋建築と現代的なセンスが見事に融合した空間になっており、オシャレなカフェのための部屋みたいである。
この納屋は元々2階建てだったから、この梁もとても立派で、工務店さんも「今じゃこんな梁の家は作れないですよ」とのこと。湾曲した松が加重を支えるフォルムが何とも言えない。かなり低いので頭はぶつけそうであるが。
ちなみに、その上の黒い部材は、以前納屋の2階を撤去したときに屋根を載せるためにつくった木造トラスを、敢えて見せるようにして、しかもそのトラスに筋交い部材を追加して黒々と塗ってくれたもの。(さっきの写真とは反対側から撮った写真)
入り口部分はこんな感じ。壁の古材は、北米のスノーフェンスというもので、30年間風雪に耐えた木材のヴィンテージ品。これはかなり味がある木材で、わざわざ北米から運んでくるので高級品である。インターネットでは1本3000円くらいで販売されている。古びた納屋のリノベーションにぴったりということで入り口部分にあしらってくれたのである。本当にいい雰囲気だ。
その足下の、入り口の小さな土間部分には桜島の溶岩タイルが使われている。私の思っているリノベーションのテーマは、「木と石」なので、そのテーマにぴったりの素材。しかも桜島の溶岩タイルなので、鹿児島の人間としては最も親しみと崇敬を抱くものだと思う。
入り口から見る石積みと木口(こぐち)。新築の住宅には見られない荒々しい造形が心を躍らせる。そしてやっぱりポイントは石積み! こういう不整形な木材は、新築住宅でもあり得るのかもしれないが、新築の住宅では絶対にあり得ないのがこの石積みである。
ところで、石積みと言えば、鹿児島で最近話題になったのが鹿児島港の石蔵倉庫の取り壊し。
【参考】地域のシンボル的な石蔵が取り壊されたことに対する反応を参考に、対話に必要な2つの軸を考える(OFFENSIVE-LIFE!!)鹿児島港には、古い石蔵群が残っていて、景観の面でも文化財の面でも大事なものなはずなのに、その一つが取り壊されてコンビニになっちゃった、という話である。
【参考】日本建築学会九州支部『建築九州賞 業績賞』(レトロフト blog)
このケースで、一体どういうことで石蔵が取り壊しの憂き目に遭ったのかは知らない。でも多くの人が推察しているように、結局はオーナーがその価値をよく理解していなかったのだろうと思う。
でも、仮にオーナーがその価値を分かっていたとしても、実は古い建物を残していくのは大変である。というのは、建築基準法の問題があるからだ。
新たに建築物を作る時は持ちろん、既存の建築物を改修する時にも建築基準を満たす必要があるが、石積みや湾曲した梁などの昔の構造は、その基準に適合するかの判断が難しい。構造計算をしようにも、湾曲した梁なんかは構造計算ソフトで計算できない場合がありそうである(近似的には可能だろうから、結局は近似値でやると思う)。石積みもまた、構造計算ソフトに普通には入っていない素材だろう。
また大きな(軒が9メートル以上の)石造りの構造物の場合は特に満たすべき基準が厳しくなっていて(建築基準法第二十条第一項第三号)、全部の基準を法の通りに満たそうと思ったらかなりの耐震改修が必要になるので、「そんなに鉄骨の筋交いを入れないといけないなら、もう取り壊しちゃおうか」となりそうなくらいである。
また、この建築基準は文化財保護の面でもかつて問題になって、神社仏閣の改修の際に防火シャッターをつけなくてはならないとか(雰囲気が台無し!)、建築基準法では木造の高層建築が認められていないので五重塔のような高層木造建築の改修の時に鉄骨で補強しなくてはならないとか(何百年もしっかり建ってるのに!)、そういう話があったようだ(方々から批判があって最近はかなり改善されたのではないかと思うが、今の状況は知らない)。
要するに、建築基準法は居住の安全性・機能性だけを見ていて、文化財保護に関してはあまり熱心でないから、古い建築を残していくことの障壁になる場合があるのだ。だいたい、古い基準では耐震や機能性が十分でないということで基準が改まっていくわけだから、古い建築物はそれを満たしていないことが多い。だから建築基準を満たそうとすると、雰囲気をぶち壊しにする鉄骨筋交いを入れないといけないとか、内装を防火素材に変えないといけないとか、元の建築をかなり変えた形にしないといけない。そうなると、内装だけやりかえる、みたいな手軽な改修とはコストも全然変わってくるし元の雰囲気も犠牲になる。結局、大きなコストをかけてまで無様な改修をしたくない、ということで改修を諦めるケースもありそうである。
では、今回のうちの納屋リノベーションではそのあたりをどうクリアしたのかというと、なんと、うちの周りはド田舎で都市計画地域ではないため、建築許可を取る必要がない! なので構造計算も行っていない。改修に際しては筋交いを入れたり、壁を作ったりしているので、実際には耐震性も向上しているとは思うが、正直に言えば耐震基準も満たしていない、と思う(計算していないので本当のところはわからないが)。だから、リーズナブルに、元の構造と意匠を最大限に活かしたリノベーションができたのである。これが納屋リノベーションの秘訣といえば秘訣である。
さて、鹿児島港の石蔵は、今回は残念な結果になったとはいえ、貴重なものであることはある程度共通認識があるだろうから、全部が全部取り壊されてしまうということはなさそうである。しかし、このあたりの納屋はどうだろう。どんどん朽ち、取り壊されていっているのが現状だ。昔の納屋は今の農業をするには適していないし、肥だめがあって湿気もこもるから利用しづらい。それに、そういう納屋が貴重なものか、というと実は今はまだそうでもなくて、まだ結構残っている。
でもあと50年くらいしたら、さすがに多くの納屋は朽ちてきて、かつてこのような石積みの納屋がこの地方には存在した、ということが博物館の中でしかわからなくなるかもしれない。そうなったとき、初めて我々はこの石積みの納屋の価値を理解するんだろうか?
考古学の基本的な視点として、「ありふれたものはなかなか後世に残らない」というものがある。ありふれたものは誰も敢えて残そうとしないからだ。後の世に残るのは、良くも悪くも飛び抜けたものとか、異常なものである。だが、暮らしの有様を再現しようとしたとき、そういうものはあまり役に立たない。暮らしの再現には、その時代のありふれたものこそが重要である。ありふれたものこそ、暮らしに不可欠な、社会にとって大事なものなのである。
私がこの納屋をリノベーションしたのは、単純には将来の子ども部屋問題を解決するためである。でももうちょっと大げさに言えば、この石積み納屋のかっこよさをなくしてしまわないための抵抗でもある。我々の今の社会では、もう、作ろうと思っても、こんな石積み納屋は作ることはできない。かなりコストをかけたら似たようなものはできるかもしれない。でも木材や石の切り出しと加工、建築基準法の問題、工法の問題、いろいろあって、現実的には難しいだろう。
こうして、納屋が私の思っていた何倍もステキにリノベーションされて、ちょっとはその抵抗も実のあるものになったのではないかと思う。これに触発されて、これよりももっとステキな納屋リノベーションが続くことを期待している。
ただ、この納屋リノベーションには一つだけ問題がある。子ども部屋にするにはあまりにステキになりすぎて、子ども部屋にしてしまうのがもったいなくなってきた、ということだ。とはいっても、子どもたちにはもう約束しているし、将来の子ども部屋問題は現実的に存在するので、さしあたりは子ども部屋にするしかない。でもこの部屋を子ども部屋としてだけ使うのはあまりに惜しい。
せめて、子どもたちにめちゃくちゃ汚されてしまう前に、お披露目会を行って生まれ変わりを祝してやらねば、と思っている。
本宅の外壁の木材も同じ施工会社さんにしてもらったんですか?
返信削除別の会社です。
削除